「では、名字君。君もやってみろ。」
「今のみたいにですか?」
「ああ。」
名前は、プリントと山崎先輩を交互に見てしばらく考え込んだ後、意を決して口を開いた。
「あ、あの、紅茶が冷めちゃってて、美味しくないです。こんなものを出すなんて、どうゆうことですか?」
山崎先輩は、名前がしどろもどろになっている姿を眺めて、困るどころから暖かな眼差しで見守り始めた。
「でも、先輩が淹れてくれたものなので、とっても美味しいです。」
精一杯言い終えた後、名前は少しだけ虚しさを感じた。
「こんな、相手のことを悪く言うの、何だか嫌ですね…。」
「あまり、悪く言われた気にならなかったが?」
「ええ?」
「不合格だな。」
「そんな…。」
千鶴は、今のですら心が痛くて泣きそうなのに、もっと言わなければいけないなんて…と、テーブルに突っ伏した。その頭に手を置いて優しくポンッと叩くと、名前が顔を上げた。
「そんなに落ち込むことじゃ無い。でも、君にツンデレの素質が全く無いことは分かった。だから、さっき俺が言ったことの感想を書けば良いのでは?ツンデレをやる方ではなく、される方の経験だ。」
「それで良いのでしょうか?

「どちらか指定されて居なかったというかとは、どちらでも良いと言うことだろう。」
「そっか…。そうですね!有難うございます!」
名前は、嬉しそうにペンを走らせ始める。それを眺めて、宿題の時間は終わりだ。この、幸せな時間も・・・、帰らなければな・・・。と、重い腰を上げる。
「あ、先輩、一緒に晩御飯を食べませんか?今日はハンバーグにしたんですけど、どうしても二人分になっちゃって、多くて困ってたんです。」
テーブルに手を付き、中腰のまま固まる。
「それに、毎日コンビニのおにぎりやお弁当じゃ、飽きちゃうんじゃありませんか?」
邪気の無い笑顔に誘われて、思わず承諾しそうになる。
が、ここは辞退するべきところだろう。
無表情の裏側で、良心が喧嘩を始める。
『名字君は一人で寂しいんだから、夕飯くらい一緒に食べてあげたって、いいじゃないか!』
『良いわけないだろう!うら若き乙女の家に、こんな時間に上がりこむこと自体が既に道徳上宜しくないことなんだから。』
『なに言っているんだ!名字君は自分から誘ってるんだから、それを断るのは失礼に値する。』
『これ以上の失礼をしないためには、今、ここで、帰るべきだ!』
『これ以上の失礼って、何をする気だ!』
『な、何もしないに決まっているだろう!お、お、乙女の柔肌に顔を埋めたいだなどと、誰が思っていようか!!』
『思ってるんじゃないか!』
『いや!思っていない!』
『思ってる!』
『・・・・・・ああ、思ってる。思っているさ!俺だって健康優良児だ!日本男児だ!男たるもの、据え膳食わぬは・・・だろう!』
『そうだそうだ!』
『そうだそうだ!』
中腰のまま動かなくなった山崎先輩に、そんなに固まるほど悩むことを言ってしまったのかと、少し不安になる。
まさか、断るのが申し訳なくて、言葉を捜しているとか?
名前は焦って、山崎先輩の顔の前で手を振った。
「せ、先輩?あの、駄目だったら駄目で、良いんですよ。その、急に誘ってしまって、ごめんなさい。」
「いや・・・。」
山崎先輩はハッとして、名前へと焦点を合わせた。
「本当に・・・良いのか・・・?」
欲望に負けた良心がまだキリキリと痛む気がする。
「はい。私が作った料理でよければ、食べていってください。」
嬉しそうに、顔中に純白の清楚で可憐な花が咲き誇ったような笑顔で告げられて、山崎先輩は欲望に感謝した。
こんな笑顔が見られるなら、たまには欲望のままに行動するのも悪くは無いのかもしれない。
「準備してくるので、適当に時間を潰して待っていてくださいね!テレビとか、勝手に見てくださいね。」
年頃の娘にしては無防備で危機感に乏しい子羊は、こうしてサルの皮を被った狼を家に入れてしまいましたとさ。




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