玄関を開けると、そこには先ほどまで一緒に居た山崎先輩が立っていた。
「山崎先輩!?」
「すまない、突然尋ねてきたりして・・・。」
「いえ、あの、もしかして宿題のプリントですか?」
「ああ、名字君も気づいていましたか。」
玄関先で、ポケットからプリントを取り出そうとする山崎先輩を留めて、家の中に入ってもらう。
「あの、せっかくですから上がって行ってください。」
「い、いや!!そういうわけには!!」
「でも・・・。」
「うら若き女性の家に上がるなんて・・・」
本気で焦っている様子の山崎先輩の様子に、名前は思わず噴出してしまった。
「とにかく、上がってください。まだ、宿題のこと、聞いて無かったですし。」
「いや・・・しかし・・・。」
まだ遠慮する山崎先輩の手を握って、家の中に引っ張り込もうとする。
「駄目、ですか?何だか、一人ってやっぱり寂しいんですよね・・・。」
山崎先輩の分のスリッパを出しながら、名前はぽそりと呟いた。
「それに、山崎先輩とこうしてきちんと喋ったこと無かったので、何だか嬉しかったんです・・・。」
山崎先輩は、そんな名前を見て、どうしようもなく胸が疼くのを感じていた。このまま家の中に入り込んでしまったら、後戻りできない気がする。それじゃなくても、土方先生や山南先生、校長先生や色んな先生から気にされて可愛がられている名前だ。自然、自分とも他の生徒や下級生よりも関わりが多くなる。それだけじゃなく、前保健医の娘で、その保健医は蒸発してしまったという複雑な生い立ちだ。偶然高校で再会した双子の兄は、何だかとてもどす黒くなってしまっていたが、名前は正反対で、全く真っ白だった。山崎先輩だって、可愛いと思わないわけが無い。無いどころか、名前が知らないだけで、土方先生からの命令(言いつけ)で何度も何度も安全のために学校から家までの帰路を影ながら見守っている。そのために、家を知っていたのだ。
むしろ、最近は自分から進んで、名前が一人で帰ると気づくと、後を追っていた。
最近流行のストーカーだ・・・と、自分を戒めてはいるのだけれど、土方先生の命令だから仕方なくやっている。風を装って、やっぱりストーカーかもしれない。
それが、そんな可愛い名前が、自分なんかと喋って、嬉しかったと呟いてくれる。
モロモロモロモロと、心の決壊が崩れていく。そして、山崎先輩は名前に手を引かれて部屋へとあがりこんでしまった。
リビングに通されて、ソファに座らされる。そして、嬉しそうに真向かいに名前が座って、宿題のプリントをテーブルに広げる。
「山崎先輩、このプリントを見ましたか?」
「いや、まだですが。」
「あ、そうだ!」
立ち上がって、棚からペンを持ってくると、それをテーブルに置く。そして、座らずにキッチンへと入っていく。それを目で追っていると、ひょっこりと顔を出してきて、またドキリとする。
「紅茶で良いですか?」
「あ、有難うございます。」
「あの、それからですね、先輩、みんなの前で喋っているみたいにしてください。今日はずっと敬語ですね。二人きりだからですか?」
「いや、あぁ、そうか。そういえばそうだったかもしれない。気をつけよう。」
「はい。」
くるくるとよく動く名前を眺めて、外から眺めるより、こうして中で見ることが出来ることの幸せを知ってしまうと、後が虚しくなるのでは・・・と、少し怖くなる。
あぁ、そうか。名前はその怖さを実際に知っているのか・・・と思う。
今まで二人でいたのが、急に独りになったのは、それはとても寂しいだろう。土方先生たちが、たまにみんなで上がりこんでいるらしいが、それでも毎日来ることは出来ないし、隣に平助が居ても、毎日あがりこむような間柄ではなかったと思う。
平助は、それを望んでいるみたいだが・・・。
む、何だか、それは物凄く面白くないかもしれない・・・・。
そんな事を悶々と考え込んでいたら、名前が紅茶をテーブルにおいてくれた。
「有難う。」
「どういたしまして。」
ほっこりと心が温かくなるような名前の笑顔は、男の独占欲を刺激すると思う。
そして、今自分は思い切り刺激されていると思う・・・。
「で、先輩、どうでしたか?」
「え?」
「宿題です。」
「あ、まだ・・・見ていないが・・・。」
「じゃぁ、一緒に見てください。」
テーブルの前に、床に直に座っている名前を上から見下ろすような形に少しだけドギマギして、自分もソファから降りたが、そうすると名前との距離が縮まり、またドギマギしてしまった。
名前の細くて小さな指が、プリントを指差していく。
その指を追いかけながら、プリントの文字を読んでいく。読んでいくうちに、眉間に皺が寄っていく。
「なんだ、これは・・・?」
「あの、鬼畜とか、誘い受けとか、一体なんでこんな題材ばかりなんでしょうか?」
「お注射・・・お注射・・・します・・・?」
「これ、一体どれを選んだらいいのか分からなくて・・・。」
「選ぶつもりなのか?」
「だって、提出しないと、もっと怖い宿題が来ますから・・・。」
「それは・・・そうだが・・・。」
山崎先輩は、正直土方先生の宿題を受けたことは無いが、同級生が悲鳴を上げているのを何度も見たことがある。
が、こんな宿題は見たことが無い。
「これは、一体どうしたというんだ?土方先生に何が・・・?いや、俺なんかでは理解しきれないほどに色々を考えている先生のことだ。きっと何か意図が・・・。」
「どうしましょうか・・・。」
「ふむ・・・。ペアでやるのか。ならば、このペアは俺で良いか?」
「あ、はい!嬉しいです!それもどうしようかと思っていたんです!!」
「そうか、役に立てるなら本望だ。」
山崎先輩は、真剣な表情でプリントを眺めてから、その真剣な表情のまま名前の顔を見つめた。
名前は、ドキリとした。心臓を鷲掴みにされて、放してもらえない。
「これなんか、どうだ?」
「ど、どれですか?」
顔から目が放せない。そんな名前を見て、フッと表情を和らげた。その顔がまた意外で、名前の顔はどんどん熱を上げていく。
「この、ツンデレは簡単だと思う。」
「ツンデレって、一体どういうことを言うんですか?」
「最初はすごく冷たいことを言うんだが、言い過ぎたと思ったり相手が怒ったり拗ねたりすると、慌てて褒めたり甘えてきたりする。」
「そうなんですか。よく知っていますね。」
「ああ。山南先生が、どんな書物も読んだ方が良いと、色々なものを貸してくれるんだ。」
「へぇ、山南先生は勉強熱心で読書家ですものね。でも、そういう書物も読んでいるんですね。」
「ああ。意外と、最近はこういった書物のほうが多いな。文学書は読みつくしたと言っていた。」
「読みつくした・・・、すごいですね。」
山崎先輩が、紅茶をひと啜りすると名前を見て、ふと表情を曇らせた。
「ど、どうかしましたか?美味しくなかったですか?」
「ああ、悪いが、飲めたものではないな。紅茶の風味が出ていないし、えぐみが出てしまっている。これは人に出すようなものではない。」
「ほ、本当ですか!?ごめんなさい!」
「それに、温度管理も全然出来ていない。」
「あの、本当にごめんなさい。」
「いや、それでも、お前が淹れてくれたものだから、俺にはとても美味しい。他の誰にも飲ませたくないほど、独り占めしたいくらいだ。」
山崎先輩が、前のめりになって謝ってくる名前の頬に手を当てて、親指で唇を撫でる。
名前の唇に電流が走った。
あまりに驚いて固まっていると、山崎先輩が悪戯っぽいニヤリとした表情をしてみせる。
「まぁ、こんな感じだ。これがツンデレだな。」
未だに固まっている名前の鼻をツンと突いて、その可愛さを独り占めする。
最初の文句の部分に気持ちは入っていないが、後半の褒めている部分にはかなり自分の気持ちが入り込んでいたと思う。そう思うと、真っ赤になっている名前同様、自分もかなり赤くなっているのではないか・・・と思うのだった。




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