「え!?こ、これで良いんですか?」
「はい。」
「で、でもこれ・・・。」
結構な時間をかけて選んでいたにも拘らず、山崎先輩が選んだカツ丼は、玉葱も卵も少ししか乗っていない、衣が少し肉汁で赤くなっているようなカツ丼だった。
正直、きちんと火が通っているとは思えない。
「だ、駄目ですよ!これ、生ですよ、きっと!違うのにした方が良いと思います!」
「いえ、これで良いんです。生っぽいほうが山南先生は好みなんです。」
「いえ、でも豚ですよ?」
「豚でも・・・です。」
「い、良いんですか?」
「こういうのを買わないと、怒られるのは俺ですから。」
キリっとした表情を一切崩さずに、山崎先輩は名前を見つめた。
「世の中には、知らないほうが身のためだということもあります。あまり、詮索なさらないほうが良いと思います。」
その表情があまりに真剣で、名前は頷くこと意外出来なくなってしまった。
「買い物は終わりですか?」
「はい。私は大丈夫です。」
「俺もです。これ以外買う予定は無かったので。」
そう告げると、山崎先輩はレジのほうへと足を向けた。先に進んでいくが、時折後ろを振り返って、名前がついてきているか確認してくれる。
全く表情が動かない印象の山崎先輩だが、こうして一緒に過ごしてみると、微妙に変化しているのが分かる。
しかし、先ほどの笑顔は思わず心臓が跳ねた・・・。
名前は、小突かれた眉間に触れてみた。そこだけ、まだ触られているかのように熱を持っている。
夕飯の買い物時、レジは混雑している。
少し時間をずらして来ればよかったかな・・・?とも思ったけれど、そうするときっと、山崎先輩には会えなかったのだろう。この時間で良かった・・・と思い直す。
「山崎先輩は、今日は何を食べるんですか?」
「そうですね・・・。今日は時間があるので、コンビニ弁当ですかね。」
「自分で作ったりはしないんですか?」
「あまりしません。時間が無くて作れない日が多くて、下手に食材を買ってしまうと、腐らせてしまうだけです。」
「そうなんですか。」
名前は、自分の買い物籠の中を覗き込んで、山崎先輩を見て、再び買い物籠を覗き込む。
それを見て、山崎先輩が「どうしました?買い忘れですか?」と聞いてきたが、それに対して首を横に振って、何でもないことを告げる。
いくらなんでも・・・、ちょっと、それは・・・?
思い悩みながら、鞄からお財布を出すと、紙切れが一枚一緒に引きずられて落ちていった。
それを器用に空中でキャッチすると、手渡してくれた。
「あ、宿題!忘れてた・・・。」
「宿題?」
「はい。土方先生から出された宿題なんですけど・・・・・・ぁ・・・。」
山崎先輩の顔を見つめながら、名前はあることを思いついた。
山崎先輩といえば、土方先生を尊敬している土方フリークだ。この宿題の意図もわかるかもしれない!
思わず笑顔になって、プリントを山崎先輩に見せる。
「あの、この宿題の意味、分かりますか?」
「意味・・・?」
「はい。何だか、今までの宿題とは違いすぎて、ずっと可笑しいな・・・と思っていたんです。何で急にこんな宿題になったんでしょうか?」
「貸してください。」
山崎先輩にプリントを渡したと同時に、レジが二人の順番になった。
山崎先輩は、プリントをポケットにしまうと、「全部一緒でお願いします。」とレジ係りの人に言う。
名前は慌てて、「いえ、駄目ですよ!」と言うのだが、山崎先輩は頑として譲らずに、とうとう会計まで済ませてしまった。
「本当に、お金払いますってば!」
名前は、お財布からお金を出して山崎先輩に押し付けるのが、山崎先輩はそれに見向きもせずに、黙々と買った野菜を袋に詰め込んでいく。
「あぁ、それも、やりますから。」
「いえ、もうこれで終わりです。」
「本当に、お金・・・。」
「気にしないでください。これくらいの金額でそんなに気にされてしまうと、逆に困ってしまいます。」
山崎先輩に硬く言われて、名前は顔を曇らせた。
「そ、そうですね、すいません。」
「いえ、ただお役に立ちたかっただけですから。」
「はい。有難うございます。」
気を取り直して、改めてお礼を言うと、名前は笑顔で山崎先輩を見つめた。
いつも硬い表情をしている山崎先輩も、名前の笑顔を見てホッとしたのか、少し頬を赤らめて、にこやかに頷いた。
「では、俺は山南先生にこれを届けますので。」
「はい。有難うございました。」
「気をつけてくださいね。家まで送りましょうか?」
「だ、大丈夫ですよ。すぐそこですし、まだ明るいですから。」
「そうですか?明るいとは言っても、すぐに真っ暗になりますよ?」
「真っ暗になる前に帰れる距離です。大丈夫です。」
「そうか。じゃぁ、気をつけて。」
「はい。先輩、さようなら。」
買い物袋を受け取り、ペコリとお辞儀をすると、名前は踵を返して家路を急いだ。
その後姿を少しだけ見送って、山崎先輩も学校へと急いだ。
名前は、家に辿り着くと、キッチンへ向かって、買ってもらった野菜を冷蔵庫にしまいこんだ。
「お礼にご飯をご馳走・・・とか、やっぱり迷惑だよね。」
はぁ・・・と、溜息を一つつくと、キャベツを取り出して数枚剥いて、水洗いをする。
「今日は、ハンバーグにでも、しちゃおうかな〜。」
しちゃおうかな〜と言いつつ、ひき肉は買ってきている。けれど、どうにも気分が落ち込んでくる。先ほど、山崎先輩に会ったから余計かもしれない。二人という穏やかさと、一人という寂しさ・・・。
そうだ、山崎先輩と一緒に居たあの時間は、なんだかとても穏やかな気持ちになっていた。
今まで、あまり長い時間を一緒に過ごしたこともなく、二人きりなど初めてだ。
なのに、不自然な堅さも気まずさも無かった。それどころか、宿題を見てもらうなんて、馴れ馴れしくなかっただろうか!?
宿題・・・、宿題!!
「宿題!!!?」
名前は、宿題のプリントが山崎先輩の手にあることを、今思い出した。けれど、どうしようもない。
山崎先輩は、もう学校を出てしまっているだろう。ケータイの番号も知らないし、家がどこにあるのかも知らない。
「あ〜、どうしよう・・・。平助君にコピーさせてもらおうかな。」
そうするしかないか、そうしよう・・・。
でも、もう書き込んでいたらどうしよう、やっぱり学校まで行こうかな、それとも土方先生に直接相談しようかな・・・。
ああでもない、こうでもない、考えながらハンバーグの種をこねていると、良い感じに仕上がってきたので、今度は丸め始める。
一人しか食べないのに、どうしても父と二人で過ごしていた頃の分量になってしまう。
また、二人分作ってしまった・・・。
「ラップして、冷凍しておこう。」
手を洗い流して、種をラップしている時、誰かが家に訪ねてきた。
名前は作業を中断すると、玄関まで確認して行った。




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