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生物教師、25歳、新米の殻を脱ぎ始めた頃
有川兄を見かけたから、提出書類を出せーと、言うために近寄ったら…。
なんか変な激流に巻き込まれ、気付いたら見知らぬ土地に倒れていて、有川兄に揺り起こされていた。

有川兄の尋常ならざる様子に、春日と有川弟も巻き込まれているはずだと知り、共に周りを探してみるが見当たらず、暫くは途方にくれた日々を送っていたが、平清盛に拾われて、日々を生きる場所を得た。

「いや、オカシイでしょ!!」

自分のメモ帳に書いた文章を読み返して、改めて異常な事だと、あり得ない事だと頭を抱えた。

「なんだよ先生、メモなんて書いて頭抱えて」

有川君がからかうような笑みを浮かべて、縁側からこちらを見ている。
その姿は学生服ではなく、鎧をまとい、髪も幾分か伸びてボサボサのまま、顔付きも元々作りは大人っぽい方ではあったけれど、青年へと確実に成長を遂げていた。

一方で自分の姿は、黒のパンツスーツに、薄い羽織を羽織っただけのもの。
この羽織は、この時代?世界?に流されてきたときに既に身につけていたものだった。
ジャケットのポケットに残っていたメモ帳とボールペンには、役立ってもらっているが、もう残りのページがないために、今までの出来事をまとめようとしたのだけれど…最初で躓いた。

「ねぇ、有川君…」

彼の方へと体ごと向きを変えて尋ねる。

「こんなに長い夢を見る事も、あるよね?」

「なんだ、まだ夢にしたいのか?」

「したい。だって、あり得ない…。」

「理科教師なら、あり得るとか可能性はあるとか、言えないもんかね」

「言えません。私は生物教師であって、物理やら科学やらは専門じゃないもの」

「ふぅん、そんなもんなんだな」

「そんなもんだね」

私の返事を聞くと、有川君は庭へと視線を移してしまった。
何を考えているやら。これまでの事か、これからの事か、はたまた春日や弟の事か…。
何はともあれ…。

私は彼の背中を見つめながら、そっと溜息をついた。

頼もしい、立派な背中になってしまって……。

元々、身体つきも成長が早いのか、動かし方がいいのか、しっかりと引き締まっていた方だったけれど。

「すっかり、武将の背中…だねえ」

眺めながら、ポツリと呟いた。

「あん?なんだそりゃ」

「高校生とは言えないね」

「そりゃ、もう卒業しちまったからな」

「でも、先生に対してはずーっと敬語を使ってくれて構わないのだけどねぇ?」

「学生時代から使ってねーんだ、今更だろ」

くくっ、と笑いながら言う有川君の背中へと、私は苦笑を返した。

「本当だね、君からは敬意というものを感じたことがあまり無いね」

「怨霊に怯え、源氏に逃げ惑い、お腹を減らしてへたり込んで背負ってやったり、……トイレが無いからって、背中を向けててやったり?」

「もう!いいからそれは!!トイレは忘れて!!」

彼の背中をバシバシと叩きながら抗議すると、イテェイテェと言いながら、縁側から立ち上がって少し逃げ、こちらを振り返った。
その顔に疲れを見つけて、私は自分の恥ずかしさからくる怒りを引っ込めて、彼の顔を覗き込むために立ち上がった。

「また、眠れない?夢見が悪い?それとも、昨日の偵察は、実は…」

「こんくらい、最初に比べれば何でもねえよ」

心配そうにしている私の顔を見て、苦笑を向けてくる彼の顔は、あれから2年しか経っていないのに、どこか達観している、大人びてしまったというよりも、成長を余儀なくされたというべきで…
高校生の若さなんて、その時期にしか味わえない大事なものだったと言うのに…。

「なんで先生が泣きそうな顔してんだよ」

笑いながら言う彼の指が、私の頬を摘んだ。
その指を抓って外させながら、私は腰に手を当てて胸を張った。

「辛いなら、ちゃんと大人を頼りなさい。一人で頑張るのは、長男の悪い癖だよ。」

「頼るって、先生をか…?」

そう言って、マジマジと私を見つめてから、クッと喉の奥で笑い飛ばしてくれた。

「頼り甲斐ねえな」

「じゃあ、頼り甲斐のある人を頼りなさい!あなたばかり抱え込む必要は無いんだから。何なの、還内府って…。高校生になんて重責を担わせているのよまったく!」

最後はブツブツと独り言みたいになった私の言葉に、有川君は軽く笑う。
その笑いに苦しさを感じてしまうのは、私の思い過ごしなのだろうか…。

「貰った地位は有難く使わせてもらうよ。平家のために、みんなのために、出来ることはやらねえとな」

「それは私も同じ気持ちよ。でも、あなたばかりが背負うことは無いでしょう。私にも貸しなさい」

「剣も振るえないのにか?」

「絶望的にセンスが無くて申し訳ないけれど…。」

稽古をつけてもらったというのに、全く身につかなかった剣術を思い出して、私は額に手を当てて呻いた。

「槍とか、薙刀はどうかな?弓、弓とか?」

「先生に武闘派は求めてねえって。尼御前や、あの子を守ってくれりゃぁそれで良い」

それでは、いつまでたっても後方で甘えているだけでは無いか、だから自分も前線へ…と言っているというのに…。

「教師なんだから、避難誘導は得意だろう?な、せんせっ!頼りにしてるぜ」

全く頼りにされていると感じられない軽さで言われ、私は空笑いで有川君が去っていくのを見送った。

この後、再び合戦に出るのだ。
不安で不安で仕方がない。
生徒が頑張っているというのに、自分が頑張らないでは、教師の面子が立たない。
いや、教師の面子はどうでもいい、自分と同じ場所から来た同志が戦っているのに、何故自分は戦えないのか…、何故センスが全くないのか…、悔しくて仕方がない。

それでも何とかしたくて剣を振る、手にはマメが出来ては潰れてを繰り返して、常にどこかしらがピリピリと痛い。

敵がここまで侵入してきたならば、恩人たちを守るために剣を振る、その為に無駄な努力でもしておかないと、気が狂いそうだった。

と、吹いてきた風に髪をかき乱されて目を閉じると、バサバサとはためく羽織の音の他に、足音も混じっていることに気がついた。

「こんな所にいたのか、有川」

建物の陰から現れた知盛さんが、有川君へと向けている視線を、スッと私へと向け、すぐさま戻した。
声に気づいて目を開けた私の視線と一瞬だけ交差し、冷たい寒気だけを残した。

「なんだ、探さなくてもすぐに戻るって言っただろう」

「軍議よりも、女のところを優先するとは…な」

揶揄するように口の端を上げて冷めた瞳を向ける知盛さんへと、気にした風もなく有川君が肩を叩いて自分が進む方へと軽く押した。

「そんなんじゃねえよ」

ほら、行くぞ。
と促す有川君は、こちらを振り向いたりせずに、連れ立って角を曲がり、去っていった。

そうだ、知盛さんが揶揄するような関係ではない
同じ場所から流されてきた、同じ場所へと変える方法を探しながら恩返しを誓う、同志のようなものだ。

あの日…、初陣から帰ってきて、自分の前で酷く興奮して無言で自分を責め立てる有川君に、私は…私を抱かせた。

それ以来、二度と私の前では取り乱さない彼を思うと、私は方法を誤ったのだと、私の前でくらい取り乱して縋り付いていいのだと、そう示したかったのに…、高校生の彼の心を深く傷つけただけで、心の拠り所を奪っただけで、追い詰めたのだと…。
深く反省して後悔しても、取り返しはつかない。

それでも同郷のよしみで、こうして顔を見せにきてくれる彼を、ずっと生徒として扱っている、それがせめてもの償い。
ただの共通点のために、護るべきものの中へと入れてくれている彼の優しさへの、自分が出来る唯一の対応。

「大人なんて…、どのツラ下げて言っているんだかね」

自分の頬を抓りながら、独りごちる。

軍議だと言っていた、では、そろそろ出陣していくのだろうか…。
ここに寄った理由を、有川君は一言も言わなかった。
私が、戦を怖がっている事を知っているから、何も言わない。
けれど、出陣していくのはどうしたって知れてしまうから、せめてもの慰めに、顔を出すのだろうか…。

「違う違う違う、どうして後ろ向きかなぁ〜私。ただ心配して様子を見にきてくれるだけだってば!!…て、生徒に心配されて様子見をされて、どうするんだよ、私…」

両頬をバシバシと叩きながら気持ちを切り替えようと声に出して言ってから、私は私の不甲斐なさを改めて確認しただけだった。
なんとも情けない気持ちで縁側を離れ、部屋の奥へと向かう私の背中に、暖かな日差しがポカポカと追いかけてきた。
その暖かさに、陽だまりのような温もりを放つ有川君の体温を思い出しながら…。


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