亮と名乗ったその少年は、自分よりも少し年上で、世の中を悟ったような冷めた瞳で日々を過ごし、どこか遠くを見つめ、何かを待っているかのように空を見上げ、落ち着いているのにどことなく落ち着いていない、そんな不思議な少年だった。
次第に兄と仲が良くなり、私も共に色々な話をするようになり、常識にとらわれずに様々なことを学び吸収し、それらをどう生かすかに全生命を注いでいるような、そんな日々を送りながらも、やはりどこか無気力で、時々瞳に寂しさを伺わせていた。
知り合ってから数年、背も伸び、声も低くなり、目に見えて成長した亮と、兄と、私と…。
「お前、そろそろ女でも覚えてきたらどうだ?」
そんな事を言う兄を何度も殴り飛ばしたが、ある日、うんざりした口調で亮が言った。
「そんなの要らない、僕にはあの人だけだから。」
胸が騒ついた。
「あの人?」
おうむ返しに聞くと、しまった、と小さく呟いて口を噤んでしまった亮に、兄がニヤリと人を食ったような笑みを浮かべて、肩に腕を回した。
「へぇ、お前はもう女を知ってるってわけか、そんな素振り、全く無かったから意外だな。」
「別に、そう言うんじゃないよ。」
「じゃ、手も出してねぇ女をずっと想ってるのか!?」
「手なんか、出せるわけない。」
「はあ?手が出せない女?…人妻か?」
「違う!」
「亮に限って、人妻とか…、いいや、有りそうな…」
「だから、違うって言ってるでしょう。全く、この兄妹は、人の話を聞かないなぁ。」
呆れながら、亮は立ち上がった。
お尻についた泥をわざと兄に被るように払いながら、一歩、また一歩と川へと近づいていく。
夕陽を浴びて、輪郭だけを金色にハッキリと浮かび上がらせた亮は、この世の人間ではないように、真っ黒に染まった。
「仙女だよ。」
両手を腰に当て、川面の煌めきを眺めながら、小さく、とても小さく囁いた。
けれど、確かに兄と私の耳には届いた。
「…仙女?」
兄が、阿呆丸出しの顔で亮を眺めた。
私は何故だか分からない衝動に駆られ、亮の腕を掴んで引き寄せた。
私の行動に驚いたような亮の顔を今でも覚えている。
そして、大爆笑を始めた兄の阿呆丸出しの笑い声も。
「お、おまっ、言うに事欠いて、仙女、仙女ときたか!あは、わ、笑わせるな!おっまえ、頭良いのに、そんな、仙女とか…ぎゃははは!!いや、頭が良いからかっ!?」
笑い続ける兄に、亮が悲しそうに目を伏せた。
いや、怒っていた…と思うが、亮が手を出すその前に、兄のコメカミに私の蹴りが炸裂した。
「…え?」
私の行動が意外だったようで、亮が硬直したのが、掴んだ腕から伝わってきた。
「愚兄、お前は本当に愚かだな。亮の様子で、本気かどうかくらい分かるだろう。そうやって人の事を食ってかかってばかり居るから、いつまでたっても亮を越せないんだ。」
「…え、本気…て」
「いってえな!馬鹿妹!お前こそ毎度毎度兄ではなく亮の肩ばっかり持ちやがって!ちったぁ兄を敬え!」
「敬えるような兄になってから言うことだな。」
「んだとこのやろう…!」
その頃は私も兄もまだ血気盛んだった、そのままつかみ合いの喧嘩に発展してもおかしくなかったところを、意外な音で停戦となった。
「くく…、ははっ」
「亮…?」
「おい、何が可笑しい。」
兄妹同時に問いかけられ、額に手を当てて、「参ったな…」と弱く笑う亮が、私を見た。
夕陽に照らされた横顔が、キラキラと輝いていて、その瞳に力がこもっていた、それまでのどこか寂しいような、無気力なような瞳ではなく…。
「信じるんだ、こんな話。」
「…嘘を言っているようには思えん。」
「そう…。信じるんだ…。そう…。」
強く見据えてくる亮の瞳は、吸い込まれそうなほど純粋な輝きに満ちていた。
出逢ったころのような、頑なに何かを求めて足掻いていたころのような、求めることを諦めないと固く誓った、そんな輝きに…。
見つめられているというのに、その瞳は私を捉えていない、それが分かる、深い、遠い、瞳…。
「お前の、想い人…なのだな。」
「…そう言うのじゃ、ううん、まだ決めたくない。」
「よく分からんが…。」
「いいよ、信じてくれただけで。…有難う。」
再び川面へと視線を戻す亮が、もうこちらを見ていないことが悲しかった。
胸にこみ上げてくる、苦しい、詰まるような何かが分からなくて、昼の肉饅頭に当たったのかと、そう思うことにした。
でなければ、分かってしまったら…、恋に気づいた途端に、失恋したことになってしまうから…。





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