朝の光が窓から差し込み、清々しい空気の中、子淑は改めて君主となったお方の前で膝を床につけ、両手を顔の前で合わせて、頭を下げた。
「ああ。これから宜しくな。期待しているぞ。」
「有難き幸せに存じます。玄徳様。」
「あーその、あまり畏まらなくて良い。堅苦しいのはどうも苦手だ。」
「いえ、そう言う訳には…。」
劉玄徳と言う人物は、醸し出す雰囲気は優しくおおらかで、細かいところにまで気を遣うように見えないが、確かに人の事をきちんと見て把握して…要は人を見る目は立派だったようだ。
彼の人徳を慕って兵に志願をする者も多く、同様に文官として登用されたいと思うものも多かったようだ。
しかし、彼自身は自らが頂点に立っても、自分の好き好きで官吏の入れ替えなどを行うような人物では無かったようで、それまでの体制を変えることを酷く躊躇うようなところがあった。
下位の官吏のままで居るとそこで一生を終えるだろうと思い、子淑は重い腰を上げて、自ら玄徳殿に目通りを願い出て、仕官を願い出た。
それまでの職は、やるべきことは全て終えて出てきた。
戦のための準備で、糧食や武器の流通、それに伴う金銭の管理、必要なものが高騰しないように市場を把握して一か所からではなく多くの場所から少しずつ集めて速やかに城へと送り届けた手腕、それらを正しく評価され、子淑は登用されるまでにこぎつけた。
驚いたのは、玄徳殿が自分と言う官吏を知っていたという事だ。
会った記憶もなければ、自分が話題になるようなことをしたうような覚えもない。
だが、それを聞けば失礼にあたるだろうと、自分からの質問は避けた。
そして今、こうして初登城の挨拶に、玄徳殿の部屋へと訪れたのだった。
いや、もう自分にとっては玄徳様ということになる。
「なら、公の場以外では、砕けた調子で。皆そうしている。」
「…ですが。」
「いーじゃん、玄兄がそう言ってんだから。これから宜しくな、子淑!」
「ここでは、あまり気を遣わなくていい。今まで金銭の管理は俺がしていたが、ここまで勢力が大きくなると、そうもいかなくて…、お前が来てくれて助かった。少しずつお前に仕事を引き渡していきたい。しばらくは俺の元でやり方を覚えてくれ。」
「はい。かしこまりました。」
左の大きくて元気で無邪気な歓迎をしたのが、張翼徳殿、右の不愛想で畏まった立ち姿の美丈夫が、関雲長殿。
「だから、かしこまるな。」
「ええと…、しかし、私の物言いはどうも不躾で、その…、兄と友人によく偉そうだと怒られますので…。」
自分よりも立場が上の人間が、自分の素の言葉遣いを聞いて怒らなかったことがない。
偉そうに!と吐き捨てられたことも、無言で殴られそうになったこともある。
反射で避けてしまい、余計にこじれたことも。
だからこうしてかしこまるなと言われてしまうと、どうすれば良いのか分からずに戸惑う。
「あら、それなら大丈夫よ。そこに居る雲長殿も、玄徳様に随分と生意気な口をききますから。」
「俺は、進言するべきを進言し、諫めるべきを諫めるだけだ。」
入り口の横に立つ二人の女性のうち、華やかに着飾り、きちんと化粧をしている方が口を開き、雲長殿との間に火花が散った。
こっちが、武将の芙蓉殿…。
となると、その隣の可愛らしい顔をおろおろと心配そうに動かす女性が…孔明の弟子で、軍師…。
子淑の視線に気づいて、玄徳様がふわりと微笑んだ。
「すまんな、早々にこんな格好悪いところを見せて。うちの者たちは仲が良い分意見の衝突は免れない。言いたいことを言い合えるのは良いことだと思うんだが…。」
あー…と、頬を指で掻いて苦笑へと表情を変える玄徳様を見て、雲長殿と芙蓉殿が気まずそうに口を閉じた。
「いえ、気になりません。意見を言い合える事は良い事だと、私も思いますので。」
「そうか、安心した。」
玄徳様は大らかに笑うと、ふと真剣な表情へと変化させた。
「うちは人数も規模もまだまだ小さい。戦に赴く時は、全員が出陣することもしばしばある。今回も、そんな感じになりそうなんだ。だから。」
玄徳様はふと言葉を切って子淑を見つめた。
真剣な眼差しから読み取れるものは、力強さと決意の固さと、信頼の様なものなのだろうか…。
会って間もない私に対して向けられる眼差しでは無いと思うのに、それが玄徳様から向けられているだけで、不思議と素直に受け取ることができた。
「お前みたいな後方を守ってくれる奴がいるのは心強い。頼んだぞ。」
子淑は頭を深く下げた。
「戦に同行することが出来ない分、玄徳様の領土を守り、発展させ、戦の後方支援も果たす事を、お約束いたします。」
子淑の言葉に、玄徳様は満足そうに微笑んだ。





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