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不可視
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新選組との関わりを断たったれいは、それでも変わらない毎日を過ごして居た。 毎晩の、お客さんからの情報を書くという仕事が無くなり、部屋からは山崎さんの荷物も無くなった。 小さな箱一つだけの荷物が無くなっただけで、部屋がガランと広くなった印象がした。 斎藤さんは、来れるだけ来るとは言ってくれたが、そんなに来れるわけでもない。 新選組の時よりは多いと言う程度だ。 それでも、泊まっていける日があると言うことは、二人の関係を大きく変えた。 ただの恋人よりも、心の繋がりも増えたように感じるのだ。 同じ時を過ごす度に、二人の距離がどんどんと近づき、そしてれいは気付いた。 斎藤さんが、新選組に戻りたいと思っていることを…。 それでも、戻らずに探り続けているのは、何故なのだろう…。一体、何を探らなくてはいけないのだろう…。そして、目的のそれが出てこなかった場合、斎藤さんはどうするのだろう。 御陵衛士と新選組の接触は禁じられていると言う。じゃあ、出戻りは許されるのだろうか…。 密書を書いていた時間が、こうして不安に囚われる時間へと変わった。 そんなある夕方、斎藤さんが訪ねて来た。 「お帰りなさい。」 笑顔で出迎えると、斎藤さんが部屋に入って直ぐに、抱擁してくれる。 「ああ。ただいま。」 はにかんで言う斎藤さんに、心が擽られる。 今は、この斎藤さん一人しか、自分が頼れる人は居ない。 それでも、最高に幸せだと感じている。 この贅沢な時間を精一杯味わうつもりで、斎藤さんの身体を力一杯抱き締める。 「今日はすぐに帰っちゃいますか?」 「いや。」 「じゃ、今晩はずっと一緒に居られるんですね?」 「ああ。」 「嬉しい。」 れいは斎藤さんを放して、お勝手へと移動し始める。 「今ご飯作りますね。何でも良いですか?」 「ああ。」 斎藤さんはれいの後をついてきて、一緒にお勝手に立つ。 こうして、一緒にご飯を作ってくれる。その斎藤さんの手際の良さに、いつも感心する。 一緒にご飯を作り、食べる、この時間の穏やかさが大好きで、その後の寄り添って座っているだけの時間も、会話が有る訳ではないのにとても充実していると感じる。 その日も、食後の片づけを終わらせると、れいは座っている斎藤さんの膝に頭を乗せて寝転がった。 微笑んでくれるが、どこか斎藤さんの気持ちが揺らいでいることくらい、簡単に分かる。 「今日は、来た時から何だか落ち着かないみたいですね。」 「そんなことは・・・。」 「ない・・・と言い切れないところが、斎藤さんらしいですね。」 斎藤さんの髪の毛を手で弄りながら、ジッと伺う。 「何か、心配事ですか?」 「む・・・。ああ。」 「そうですか・・・。悩みが絶えない立場って言うのも、大変ですねぇ。」 「むっ・・・、立場・・・?いや、そういう訳では・・・。」 「御陵衛士と新選組のことじゃ無いんですか?」 「あ、ああ・・・・・・。」 御陵衛士と新選組の悩みで無いなら、斎藤さんが何に悩むと言うのだろうか・・・。 れいは身体を起こして、斎藤さんの顔を正面から見つめた。 「珍しいですね・・・。斎藤さんがお仕事以外で悩むなんて・・・。」 仕事も、悩むということはあまり無く、任された任務には疑問を持たずに忠実にこなしていくような人だと思っていたが・・・。 と、斎藤さんがれいの手を握り締めて、必死の形相で見つめてくる。 少々面食らって、目を瞬くと、斎藤さんが口を開いた。 「俺は、れいと呼んでいる。」 「・・・・・・はぁ・・・。」 出会ったときにそう名乗ったのだから、そうだろう・・・。れいは、自分をれいとしか紹介していない。 「あの・・・、それが何か・・・?」 斎藤さんが、段々と頬を染め上げながら、何かを言おうとして、言葉を飲む。 そして、数度呼吸を繰り返すと、再び言葉を紡ぎだす。 「その・・・・・・、名前で・・・、呼んで欲しい・・・・・・。」 あまりに必死な様子で、そんなことを言われてしまい、思わずからかいたくなってくる。 「斎藤一さん。」 意地悪だとは思うが、そう返すと、斎藤さんが相変わらず必死な様子で反論する。 「そうだが、そうではなく・・・!」 握り締められた手に、更に力が込められる。 思わず笑ってしまい、斎藤さんが少しだけ眉根を寄せて拗ねたような表情になる。 「はじめさん。いつから、その事悩んでいたんですか?」 「むっ・・・。」 「ね、はじめさん。」 「うむ・・・・・・。」 嬉しくて、可愛くて、愛しくて、繰り返し名前を呼ぶ。 「前来た時は、あまりそんなに悩んでいるようには見えませんでしたよ、はじめさん。」 「その・・・・・・。離れている間に、思った・・・。」 「離れている間も、私のことを考えてくれていたんですね。」 「ああ。」 「ふふっ、有難う。」 斎藤さんの手に額を乗せる。 こうして、名前で呼び合うようになると、益々距離が縮むような気がして、心に熱がこみ上げてくる。同時に、失った時のことを考えてしまい、お腹の底が冷えたように感じた。 「れい?」 身体を硬くするれいを見て、斎藤さんが声をかけてくれる。 れいは顔を上げて微笑むと、首を振った。 「何でもない。幸せすぎて怖いって、こういう事を言うんだ・・・って、思っただけ。」 陳腐な台詞を、口から吐き出す。 自分は、どれだけ斎藤さんに甘えれば気が済むんだろう・・・。 歳が下の斎藤さんが、とても頼りある男性に見える。 と同時に、自分がいつまで経っても幼い小娘に思えて来る。 いつまでも、こうして一緒には居られない。二人の距離が縮まる度に、終わりが近づく音が聞こえてくる。 「ね、はじめさん。明日は大文字焼きでしょう?。」 「ああ。」 「一緒に見に行けませんか?」 「それは無理だ。俺は、巡察に出る。」 「そうなんですか。」 最後が訪れる前に、思い出を沢山作りたかったのだけれど。 「じゃ、巡察について行ったら駄目ですか?」 「駄目だ。何かが起きれば、そこに駆けつけなければいけない。お前がいたら、離れられなくなるだろう。」 「それは…。でも…。」 れいは、ここで食い下がらなかった。どうしても、思い出を沢山作りたかったのだけれど。 「じゃ、一人でも行きます。それで、はじめさんを探します!」 「ダメだ。」 「何で!?居ないなら、止められないでしょう?なら、行きます!」 「れい…」 斎藤さんが、先程までの穏やかな表情を一変させて、真剣な眼差しでれいの手を握り締める。 「ならば、動けない様にするだけだ。」 「はい?どうやって?」 まさか、斎藤さんが縄で縛って行くわけは無い。 が、それよりも激しかった…。 朝方まで激しく抱かれ、声も出せなくなり、指一本動かすのも億劫になり、気を失う様に斎藤さんの腕の中で眠りについた。 翌朝、朦朧とする意識の中斎藤さんを送り出し、そのまま布団の中で再び眠りについたのだった…。
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