それでも




話を聞いた時は、理解が出来なかった。
けれど、斎藤さんのことだから、何か理由があるのだと思った。
伊東さんの誘いに応じるなど、あるわけが無い。正月三日間の語り合いも、お互いの腹の探り合いに終始していたように感じるのだから、自分の勘に間違いは無いはずだ。
「斎藤さん、それで、私は何をすれば良いですか?」
れいの言葉を聞いて、斎藤さんが驚いたように目を見開く。
「私が、斎藤さんと新選組の橋渡しになれば良いですか?」
「れい…。」
夜、突然訪ねて来た斎藤さんが、今夜はずっと一緒に居られると言うから、おかしいと思ったのだ。
新選組が、土方さんが、私的な外泊を許すわけが無い。
幹部が別宅を持つのは許されているらしいが、別宅を持たない斎藤さんが外泊出来るわけが無い。
まさか斎藤さんが脱走をするわけが無いし、任務の途中で訪ねて来たりしないはずだ。
そこまで考えて、問い詰めた。
ら…、御陵衛士に参加をして、新選組から離れた…と白状した。
新選組と違い、御陵衛士には厳しい戒律は無いらしい。許可さえ取れば、外泊も許されるらしい。
頻繁にとはいかないが、こうして夜訪ねて来て、泊まることが可能になった。と、嬉しそうに話してくれたが、少しだけ複雑だった。
どうも何かがしっくりとこなかったのだ。
そこで、上の質問になった。
「それとも、新選組に情報を流すのを、本格的に辞めさせに来たんですか?」
情報を流す仕事は、未だに続けている。どうせ、普通に生活していて手に入る情報しか流していないのだ。辞めたところで生活は変わらない。危機に陥るのは、情報を集めていたからではなく、普通に生活していたのに起きた事件だ。と説明したら、更に心配させてしまったが…、納得してくれた。
「いや、いい。別の道を用意してある。」
斎藤さんが首を振ると、れいの手を握り締める。
「お前を危険に巻き込みたくは無い。だから、大人しくしていてくれ。」
斎藤さんの真剣な表情に、少しだけ悲しくなる。
同じ道を目指していた人が、道を分かち、更にはお互いを疑い合うなんて…。
「命の狙い合いになるかもしれないと言うことですね…。」
れいはたまにとても鈍感だが、たまにとても鋭くなる。
その鋭さに、ドキッとする。
「私は今まで通りの生活をしますよ。急に変えた方が、人の目にはおかしく映りますから。」
「うむ。」
そこまで話すと、斎藤さんが息を長く吐き出した。緊張感が解けたような優しい雰囲気に変わりだす。
「お腹空いていますか?私は食べちゃったんですけど、何か作ります。」
「いや、しかし…。」
「食べないなんて、駄目ですよ。武士は身体が資本なんですから。」
「ならば、頼む。」
「はい。」
かまどの火はまだついている。部屋を暖める為に、湯を沸かしていたのだ。その湯を使い、野菜を切り刻んで茹でると、湯から上げて塩をかける。残った湯の中に鰹節を入れて出汁をとると、また別に刻んだ野菜を沢山入れて、昼間に買って来た魚も入れて煮込む。最後に味噌を入れて味を整えて完成させると、鍋をどかして、魚を焼き始める。その間に漬物を切り、皿に盛り付ける。ご飯は、多めに炊いてある。冷たくなってしまっているご飯を、釜ごと火の側に置いて焦げないように温める。
「手際が良いな。」
いつの間に後ろに居たのか、斎藤さんが関心して声をかけてくる。
「千鶴ちゃんみたいに、大勢の食事を作っているわけじゃ無いからね。」
味噌汁をよそって、お盆に茹でた野菜と味噌汁、漬物、箸を乗せて振り返ると、斎藤さんが受け取って持っていく。
そんな斎藤さんに微笑みかけて、思わず嬉しくなる心を抑えられずに、戻ってきた斎藤さんに背伸びをして口付ける。
すぐに口を放すと、斎藤さんも微笑んでくれる。そして、腕の中に包まれて斎藤さんからの口付けを受ける。
斎藤さんが、れいを抱く力を強めて、唇を舌でなぞり、そっと口内に侵入させると、れいの舌を見つけて、絡み付いてくる。
ジンと痺れる感触に酔いながら、焼いている魚が気になる。しかし、斎藤さんは放してくれずにどんどんと口付けを深くしてくる。
「んっ、はぁ、あ、」
魚が…と言いたいのに、言葉を発する暇を与えてくれない。
斎藤さんの胸を叩いて、魚を指差す。
ようやく気付いてくれて解放された時には、魚は片面が焼け焦げてしまっていた。
「ああ、もぅ…。」
肩を落として魚を裏返すれいを見て、斎藤さんがしょんぼりと謝ってくる。
「すまん…。」
「いいですよ。食べるのは、斎藤さんだし。」
意地悪な発言をして、魚をお皿に移すと、ご飯をよそってお盆に置く。
新たにお湯を沸かす為に水を入れた鍋をかまどに置いて、お盆を持って斎藤さんと一緒に食卓へと移動する。
「さ、召し上がれ。手抜き料理ですからね。」
量が必要だろうから、とにかくお腹がかさばる物を使って、簡単に作った、ただの茹でただけの野菜を頬張り、斎藤さんが頷く。そして、箸と口を動かし続け、お茶碗の中のご飯が無くなると、れいを伺うように見てくる。
「ご飯も味噌汁も、まだ有りますよ。いりますか?」
「ああ。」
立ち上がりかけた斎藤さんを制して、お茶碗とお椀を受け取り、お代わりをよそって来てあげる。
好きな人にだと、自分から進んでやってあげるんだなぁ…と思って、思わず笑ってしまった。
あっという間に食べ終えた斎藤さんにお茶を出して、食器を片付ける。
食卓に戻ると、布巾で卓を拭いて、すぐに布巾を置きに行く。
れいの行動を目で追って、戻ってきたれいに斎藤さんが声をかける。
「手際が良い。食事の支度も、味付けも、片付けも。れいは器用なんだな。」
「そうですか?世の中の奥さんはみんなこうですよ。」
「しかし、ただ塩をかけただけの野菜、とても美味かった。」
「野菜が美味しいんですよ。」
「味噌汁も。ご飯も。適当に味付けしているように見えるのに、全てが完璧だ。」
「ふふっ、魚は入ってないんですね。」
「あれは…。」
からかうと、斎藤さんが言葉を詰まらせる。
「分かってます。気にしないで下さいね。でも、火を使ってる時は危ないので、駄目ですよ。」
「お前からしてきたのに?」
「ちょっとだけじゃないですか。」
「ちょっとでも、されたら抑えがきかなくなる。」
そう言うと、斎藤さんが近寄ってきてれいの頬を両手で包み込む。
ゆっくりと近づいてくる顔に見惚れながら、斎藤さんの髪に指を絡めて感触を楽しむ。そして、目を閉じて、斎藤さんからの口付けを受ける。
そのまま、二人はゆっくりと重なるように倒れこんでいった。






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