島原乱れ




店内の髪の毛の掃除をして、ホッと一息をついた。
れいは日が暮れるのが早くなったな・・・と思いながら、外を眺める。
いつの間にか、京に来てから一年がたってしまった。
相変わらず、新選組の人たちは忙しそうに立ち働いている。
そして、自分は大した役に立つことも無く、お客さんから入手できる情報を山崎さんに渡し、山崎さんが来ない時は飛脚に託す生活をしている。
夏場、不覚にも心を打ちのめされて倒れた自分を介抱してくれた少女と斎藤さんの関係は結局分からない。
あの日、斎藤さんの唇を奪い、何事も無かったかのようにお粥を食べて屯所へと帰した。
そして、三月・・・。
一月に一度は顔を出すようになった斎藤さん。
その斎藤さんを、ただのお客さんと同じように扱う。
斎藤さんは変わらずに真面目で、表情に乏しいけれど、優しいと思う。
けれど、斎藤さんのふと毀れる笑顔のその後ろに見える少女の幻に苦しめられる。
寒風が入り込む季節となった。この一年、何とか過ごしてこられたのも、こうして新選組の人たちにこの場所を提供してもらえたからだと思う。
本当に、頭が上がらない。
役に立たない自分の面倒を、何故みてくれるのだろうか・・・?
それが不思議でならない。
一体、彼らにどんな利点があるのだろう・・・。
ふと、暮れ行く風景の中に、見知った人影が数人紛れ込んでいることに気づく。
その人影たちは店に近寄り、中に誰も居ないことを確認すると入り込んできた。
「いらっしゃいませ・・・?」
この寒い中、まるで見せびらかすように身体が剥き出しになっている服を着ている永倉さんに、原田さん。そして、二人よりは劣るけれども、立派に鍛え上げられた筋肉を持つ藤堂さんだ。
三人が一緒に店に入ってくることは珍しい。
そして、三人がなにやら怪しい笑顔を顔に滲ませている。
「あの・・・?山崎さんなら、居ませんけど・・・。」
「ああ、知ってるぜ。」
「三人一緒に、散髪ですか?生憎、暗くなってきてしまったので・・・。」
「そうじゃねぇんだ。」
「じゃ・・・、何か?」
首を傾げて三人を見返す。
短くした髪が揺れて顔にかかる。
相変わらず、れいの髪は短い。長くすることを拒んでいる。少し伸びると、自分で切ってしまう。
それは、少しでも期待すると自分で心を切る癖の表れだと、自分で自覚している。
「ね、れいさん。もっと可愛い着物持ってないの?」
「はい??」
髪結い処の女将は、自分自身は贅沢な服は身につけない。
他人に髪を結ってもらうことが贅沢だ・・・と言われて、取り締まられることもあるからだ。
結われている方も結う方もである。
結う方は至って地味なのに・・・。
でも、少しでも派手だと取り締まり方に熱が入るらしく、それを避けていつでも大丈夫なように、質素な着物を着ている。
色は地味で、帯など使わずに、前掛けで代用する人も居る。
れい自身は帯を使うが、それも着物同様に地味で目立たないものを使う。
けれど、持って居ないこともない。以前、屯所に乗り込んだ時に着たものもあるし、年齢相応のものもある。
「ありますけど・・・。誰か着るんですか?お貸ししますけど・・・。まさか、藤堂さんが?」
「ちっげーし!!!」
力いっぱい否定されてしまった。多少、本気で聞いたのに。
「じゃ・・・、千鶴ちゃんが?」
千鶴ちゃんの存在を知っていることは知らされている。けれど、相変わらず彼女がどういう子なのかを教えてもらえない。
教えてもらうこともしない。
心の暗闇の部屋にこれ以上荷物を押し込みたくは無い・・・。
「いや、れいちゃんに着替えてもらいたいんだ。」
「・・・はぁ。」
ゆっくりと頷いて、そして再び首を傾げる。
「何故?」
当然の疑問を口にする。
「飲みに行こうぜ!」
「はぁ。」
「恩賞が出たんだよ。」
「へぇ。」
「だから、一緒に行こうぜ!」
「いや・・・・・・。」
戸惑う。
恩賞が出た。だから飲みに行く。
までは分かる。
が、何故自分も??
「島原に行かれたらどうですか?」
「行くぜ、島原。」
永倉さんに、盛大な笑顔で返される。
「じゃ、三人で行ったほうが良いんじゃ・・・?」
「いや、お前も一緒がいいんだ。」
「何故?」
「何故って・・・・・・、なぁ・・・。」
真顔で尋ねるれいの顔を真正面から見られずに、藤堂さんが原田さんの方を向く。
「いいじゃねぇか。仲間だろ!」
仲間と、思われていたとは意外だ。
底意地悪く、思ってしまう。
「でも、着替える必要ないですよね。」
「あるってば!!島原の、良い所に連れて行ってやるから、きれいな格好で行こうぜ!」
永倉さんが力いっぱい誘ってくれるが、れいは首を横に振った。
「みなさんに届いたお金です。みなさんで大事に使ってくださいよ。私は遠慮します。」
三人の間をすり抜けて、店先から暖簾を下ろす。店内に仕舞い込んで、扉を閉める。
「さ、店じまいですよー、お客さん!」
腰に手を当てて三人を見上げると、三人は困ったような表情で顔を見合わせている。
と、原田さんが上から覆いかぶさってきて、長い腕を背中に回される。
「着替えてくれないなら、着替えさせてやるよ。」
「は、はい!?」
そう言うが早いか、帯の結び目をしゅるしゅると解かれてしまう。
「ちょっと!やめてください!!」
帯を押さえてずり落ちるのを防止すると、原田さんの身体を強く叩く。しかし、硬い腹筋に当たった拳が痛むくらいで、原田さんは少し顔を顰めた程度だ。
「永倉さんも、藤堂さんも、見てないで止めてくださいよ!!」
「いや、俺らは左之に賛成だもん。」
「そうそう。行こうぜ、れいさん!」
両脇から、帯を押さえている手を持ち上げられそうになって、れいは慌てた。
「ぎゃー!!分かった!分かったから!!!離せ馬鹿ぁ!!」
「ぎゃーって・・・、色気の無い声だなぁ・・・。」
永倉さんが呆れたような声でため息をつくのが聞こえた。
れいは睨みつけながら帯を押さえて、そそ・・・と自室に逃げ込んだ。
どうやら追ってくる様子は無い。それに安心して、年齢相応の着物を出す。
薄い紫色の地に、足元と袖下にだけ赤紫の花が描かれている。
着物の格で言うと、付け下げという。訪問着ほど格が高くないが、これで祝事に出席することも出来る。
そして、普段着ほど格は低くは無いけれど、普段のお洒落着として使用しても差支えが無い。
帯は薄い緑の、模様の入っていないものを使う。
季節感を問わない花模様の付け下げだが、薄い緑は、冬になりかけの今時期には似合わないかもしれない。
けれど、持って居ないのだから仕方が無い。
しっかりと着付けて、帯もキュッと締める。
髪の毛をどうにかしようかとも思ったけれど、前髪を上げてまとめると、どうしても見た目が若く幼くなってしまうので諦めた。
店で待つ三人の元へ行くと、三人が目を細めて笑顔で出迎えてくれる。
「これで、良いですか?」
「上出来!」
「れいちゃん、すっごい綺麗だぜ!」
「れいさん、普段もこういう格好でいなって〜。」
三人に喜んでもらえたなら、良かったかな・・・と思った。
「じゃ、行ってらっしゃい。」
笑顔で手を振ると、驚いた永倉さんに勢いよく抱き上げられて、そのまま道半ばまで連れ去られた。
これは、断るのは諦めたほうが良いか・・・と、項垂れた。






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