萌芽




池田屋での大捕り物があった日も、禁門で変事が起こったときも・・・・・・。
れいは何も知らずに、後から人づてに聞かされるだけだった。
それでも良いんだ・・・、これで良いんだ・・・。
そう思うけれども、みんなが怪我をしていないか、無事で居るのか、気になってしまうのは仕方が無い。
次第に食欲も無くなり、夜も眠れなくなる。
たまに顔を出す山崎さんには夏バテだ、と誤魔化すけれど・・・・・・。



その日は、茹だるような暑さが身に染みて、仕事にならない日だった。
お店を少しの間閉めて、気分を変えようと外に出て・・・・・・、目撃をしてしまった。
正直、なぜそんなに自分が動揺しているのかが分からない。
なぜ、苦しくなるのかが分からない。
あれ以来、斎藤さんは顔を見せなくなった。
以前もそんなに頻繁に来るような人ではなかったけれど、もう二月近く会っていない。
しかし、見かけた斎藤さんは元気で・・・、横には可愛らしい女の子が居た。
後ろで髪を一つに括り、まるで男の子のような格好をしているけれど、直感で女だと分かる。
大粒の瞳を斎藤さんに向けて微笑んでいる。
そして、斎藤さんも、穏やかな笑みを浮かべて、慈しむように女の子を見ている。
その間にあるのは、信頼という名の絆・・・。
巡察の最中なのだろう、隊士たちが大勢後をついて歩いているのだけれど、二人の間だけに流れる空気を、しっかりと目で見たような気がした。
目の前が歪み、暗くなる・・・。
自分の中の不確定な部分が確定と同時にもろく崩れ去る音を聞いた気がした・・・。



ふと、目の前に見慣れた天井が広がる。
「気がついたか?」
声から山崎さんだと分かった。優しく声をかけられる。
「山崎・・・さん・・・?」
「そうだ。」
では、やはりここは自宅なのだろう。
そうすると、先ほど見たのは、夢だったのか・・・・・・。
「外で倒れたのを隊士が助けてくれたんだ。今日は斎藤さんの組だったから、すぐにれい君だと分かり、連れて帰ってこられたが・・・。」
斎藤さん・・・・・・。では、夢ではない・・・。
天井が回りだす・・・。目を開けていられない・・・。
「あの、山崎さん、気づかれましたか?」
可愛らしい、優しい声が少し離れた場所から聞こえてくる。
「ああ。」
「良かった・・・。」
ホッとした声と共に、誰かが近寄ってくる気配がする。
ぐるぐるする視界と、思考・・・。
「誰・・・?」
まず、そこから触れてみることにした。
一番気になる。というか、分かっているけれどあえて触れる。嫌なものは最初に味わいたい・・・。
「雪村千鶴と申します。あの、女性には女性を・・・と、斎藤さんに言われて。」
「有難うございます。」
少し、声が尖るのが自分でも分かった。なんて心の狭い・・・。
「山崎さんは・・・、何で?」
「巡察中の斎藤さんに呼ばれたんだ。様子を看ていて欲しいと言われた。」
山崎さんに鍼の知識があるのを思い出す。
「有難う・・・。もう大丈夫です。仕事に戻ってください。」
腕で目を覆うと、重みで少しだけ歪みが止まる気がする。
はぁ・・・と息を吐き出して、苦しさを飛ばそうとするが、蜘蛛の糸に絡めとられてしまったように、もがけばもがくほど絡み付いてくる。
「千鶴ちゃん・・・?あなたも、もう帰って。大丈夫、有難う。」
「いえ、あの・・・。」
千鶴ちゃんが戸惑ったような声を出す。
山崎さんは何も言わずに、れいの腕を顔の上から退ける。
「大丈夫なわけが無いだろう、まだ顔が青い。目が回るだろう?」
「・・・・・・。」
「きちんと食事をしていないからだ。俺が居ない時は、まったく食べていなかったんじゃないか?」
「食べてますよ・・・。お腹すいちゃうもの。」
食欲が無くなったとはいえ、お腹がすくのは本当だ。ただ、食べられる量が少なくなっただけで。
「そんな心配しないでください。痩せてないでしょう?食べてる証拠ですよ。」
数回深呼吸をしてそっと目を開けると、やっと天井がまともに見えるようになった。
枕元に山崎さんが座り、その隣に小柄な子が座り込んでいる。
やっぱり、さっき斎藤さんと共に居た女の子だった。
「あの、山崎さんに言われて、お粥を作ったんですけど・・・。」
「有難う。後で食べる。」
起き上がろうとして、山崎さんに助け起こされる。
「すいません。」
「いや、こんな時くらい、頼ってくれ。」
優しい言葉・・・。
いつもそばに居てくれるわけじゃないのに・・・、残酷な言葉だ・・・。
「あの、千鶴ちゃん・・・は、新選組とはどういう縁なのかしら。」
「え・・・いえ、私は・・・。」
千鶴ちゃんが、山崎さんをチラリと見る。なにやら困ったような表情をしているが、何か聞いてはいけない質問だったのだろうか・・・。
「わざわざ、巡察中の隊士さんに呼ばれるなんて・・・。誰かの娘さん?ご兄弟?」
「あ、あの・・・。」
「それを知って、どうするんだ?」
山崎さんが、千鶴ちゃんの言葉を遮って聞いてくる。
「どうもしません。でも、お礼を言わなきゃいけないでしょう。」
血の気が大分戻ってきたようで、手先の冷たさが和らぐ。その手で千鶴ちゃんの手を掴むと、そっと握る。
「有難う、本当に助かりました。」
助かったから・・・目の前から消えて欲しい・・・。
そう願ってしまう自分は、きっと千鶴ちゃんの数百倍醜い顔をしている・・・。
「山崎さんが言えない様な関係なんて・・・。お若いようだけど、幹部の誰かの奥様なのかしらね。」
「い、いえ!!違います!!」
顔中を真っ赤にして否定する千鶴ちゃんは可愛らしい。
そして、それを冷めた目で見る自分は汚い・・・。
これ以上、惨めになるのは嫌なのに、対比しないではいられない。
「もうじき斎藤さんも来るだろう。そうしたら、俺は一度任務に戻るが、夜半に帰ってくる。」
「はい。」
山崎さんの真剣な表情を見て、心配をかけたことを申し訳なく思う。
「ごめんなさい、心配をかけたのね。」
山崎さんの頬に手を当てると、山崎さんは慌てて顔を引いて手から逃れた。
思えば、こうして触れ合ったりなどしたことが無い。一緒の家で寝ることもあったが、山崎さんは仕事部屋で寝ていて、いつの間にか居なくなっている。
一緒にご飯を食べたりもするし、談笑をしたこともあるけれど・・・。
山崎さんに触れたいと思ったことが無かった・・・。






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