すれ違い 涙




置屋で再び生活をさせてもらうようになったれいだったけれど、未だに松平容保様のお屋敷の情報を得られずに居た。
冬真っ盛り、ここ東京にも雪が降り出してしまい、吉原の客足も減ってきてしまったことが原因なのだろうか・・・。
相変わらず、斎藤さんからの連絡も無い。
仕方が無いことだとは分かっている。
なんせ、会津に書き置いた手紙には、東京に行くとしか書いていないのだから。
吉原に居るとは思わないかもしれない。
もしかしたら、お婆ちゃんにに聞いて実家に行ってしまったかもしれない。
それよりも・・・・・・。
もしかしたら、未だに斗南にすら行っていないのかもしれない。
未だに東京で、新しい奥さんと、蒼と海と一緒に・・・。
そんな事は無いと信じたい。
けれど、もしかしたら、だけど・・・。
焦りや不安がごちゃ混ぜになって、一瞬一瞬で考えが変わってしまう。
大丈夫だと自分に言い聞かせるのだけれど、そんな自分をまた自分で否定して、きっと若い奥さんが良いんだとか、相手は美人なんだとか、そんなことばかりが頭を巡って、ちっとも気分が晴れない。
そんなれいに呆れて、お母さんが揚屋へと出向く娘たちと一緒にれいも色んな場所へ顔を出させてくれるのだけれど・・・。
今日まで、収穫が一切無かった。
遊女がお稽古事に出向いている間、れいは馴染みの置屋に出かけていき、容保様のお屋敷を知っている人を捜し歩いている。
いくら吉原が広いと言ったって限度がある。
全ての置屋を回りきっても、知っているという人に当たらなかった。
それも仕方が無いことかもしれない。
容保様は廃藩置県後に東京に居を移したらしく、まだそんなに浸透していない。
それに、遊女だって住まいまでは知らないことも多い。
「どうするんだい、れい。そんなに項垂れて。諦めるのかい?」
お母さんが、部屋で卓にうつ伏せているれいを見て挑発してくる。
「いえ、諦めません!置屋が駄目なら揚屋に行くだけです!!あとは、吉原から出て調べます!絶対に諦めない!!」
「そう。その意気だよ。お前さんが諦めちまったら、あたしが蒼と海を抱けないからねぇ。頑張ってもらわないとね。」
「はい。」
顔を上げてお母さんを見つめると、笑顔を向けてくれた。
「今夜は、既に二件、逢状がかかってるからね。どっちも顔を出すと良いさ。その代わり、無粋な真似はしないどくれよ。」
「分かってます。ちょっとお邪魔して、ちょちょっと聞いて、すぐにお暇しますから。」
お座敷に上がる遊女たちについて、一緒にお座敷に上がらせてもらっている。
そして、最初の少しだけ話をして、それで去る。
最近ではそれも段々と慣れてきて、邪魔にならないように去ることが出来るようになってきていた。
そして、去った後にはお邪魔した揚屋の主人に聞き込みをする。
とはいえ、揚屋の主人も口が堅い。
なかなか素直に「どこの誰が来ている」とは教えてくれないので、未だに根回しの段階に居る。
進みが遅くてイライラしてくる。
イライラしてくると、親指の先を噛んでしまう癖がついてしまっていた。
「年が変わる前には、何とか見つけ出さないと・・・。」
お座敷に上がる用として用意してくれた着物を触りながら思いつめていると、部屋の入り口に立っていたお母さんが中に入ってきて、前に回りこんで座った。
視線を合わせてこちらを覗きこむと、苦笑して頬に手を当ててくれる。
「お母さん?」
「あんまり寝れてないね、れい。肌が疲れてるよ。もう若くは無いんだ、身体の事もきちんと考えて、しっかりと寝ないと。」
「・・・はい。でも、眠れないんです。」
「眠れなくても!子供たちが戻ってきた時に、また大変な子育てが待っているんだよ。いいかい、子育ては体力が勝負。分かってんだろう?」
「・・・はい。身に沁みて分かってます。若くないことも、子育てが体力勝負だって事も。」
「なら、しっかりと寝なさい。それで、頼れるところは頼るんだよ。一人で何でもかんでもやろうとするから、力が尽きちまうのさ。お前さんの悪い癖だよ。頼れるものには何にでも頼ること。いいね、分かったね?」
「・・・・・・はい。」
「じゃ、今から少し寝ておきな。」
「でも、お手伝いをするって約束したし、少し外に出て聞き込みに行きたいし。」
お母さんの優しさすら拒もうとしてしまうれいの頬を、お母さんが暖かい手で挟みこんだ。
「あのね、れい。」
じっと見つめてくるお母さんの瞳が、慈愛に満ちている。
「お前さんが子供たちを心配するように、あたしだって、娘たちだって、あんたを心配しているんだよ。お前さんだけが誰かを心配しているわけじゃない。分かるかい?」
「・・・・・・。」
言われていることは分かる。
分かるけれど、素直に頷くことが出来ない・・・。
だって、ここで頷いてしまったら、聞き込みに行くことを今日はやめるということだ。
「お前さんは何も言わないけれどね・・・、来た時から、随分と疲れていただろう?それから毎日毎日動き回って、ちっとも休まないじゃないか。」
「休んでなんか居られないから。」
「はぁ・・・・・・。」
お母さんが、頑なに拒むれいの頬から手を放して、前に正座した。
「落ち着かないのは分かるけれどね・・・。」
そう嘆息して、お母さんが握り締めているれいの手を優しく叩いてから立ち上がった。
「いいかい、限界になる前に休むことだけは約束しておくれ。」
「はい、分かりました。」
「とりあえず・・・・・・、今日は逢状の時間まで、家に居てもらうよ。帳簿付けの仕事、手伝っておくれ。」
「はい。」
先に部屋を出て行くお母さんの言葉に、今度は素直に頷いて後を続いた。
置いてもらっているのだから、約束は守る。
休めというお願いを聞くことが出来ないのだから、この約束だけは守らないと。
身体を動かさなくていい仕事を与えてくれるお母さんの甘さに微笑して、感謝でいっぱいになる。






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