求めて…




自分の頬に、暖かな手が触れている気がして、ふと瞳を開けた。
何だか懐かしい香りがずっと自分の周りに漂っていて、不思議だと感じていた。
この懐かしい香りは、とても安心する。
ずっと斗南で頑張っていた時にも、安心する愛しい香りに包まれていたけれど、最近まったく感じられずに居た。
それとは違う懐かしい香りは・・・、何だっただろうか・・・。
「れい?気ぃついたけ?」
開いた瞳に、ぼんやりと映し出されるのは、皺を顔に深く刻んだ、大好きなお婆ちゃんの心配そうな顔・・・。
「あ・・・れ?お婆ちゃん・・・?」
やけに声が掠れる。
何でだろう・・・?
身体も重くて、頭を動かすことも苦痛に感じてしまう。
「どうして・・・斗南に・・・?」
斗南・・・?
見覚えのある家内は、けれど斗南の自分の狭く寒い家とは違う。
「やっぱり、何も覚えとらんのけ。」
覚えてないって、何が・・・?
「蒼と海は・・・?どこ?」
「れい・・・?」
頬を触れているお婆ちゃんの手を握って、何とか身体を動かして起き上がると、自分の腕に力が入らなくなっていることに驚いた。
「あれ・・・?」
そして、辺りを見回すと、そこが会津のお婆ちゃんの家だということに気がついて、何度も瞳を瞬いて首をしきりに傾げる。
今までの幸せな生活が夢だと言う事は、まさかあるまい・・・。
ならば、何故自分が今ここに居るのだろうか・・・。
「お婆ちゃん・・・?何で、私、ここに・・・?」
「おらが連れで来だ。」
障子が開けられて、懐かしい三太が姿を現した。
その手には湯気がたつ食事が握られていて、何が一体どうなっているのか理解出来ない。
「連れて来たって・・・、蒼は?海は?一緒に連れてきたんでしょ?」
お盆の上に乗せられている食事を畳に置くと、三太が眉間に皺を寄せてお婆ちゃんに視線を向けた。
お婆ちゃんも眉尻を下げて、記憶よりも皺が増えている顔を更に皺くちゃにした。
「おらが行った時には、床に倒れてるおめしが居ねがった。」
「・・・・・・。」
記憶があやふやで、三太の言っている事が真実なのかどうかもよく分からない。
「ここに来でもう三日だ。ちょっとずつだけんど、回復しできでな、今やぁっとまともに話が出来るようになっだんだぁ。」
三日・・・?
お婆ちゃんの家に来たのは、今日じゃなかったのだろうか。
それにしても、道中の記憶も全く無い。
斗南から会津まで、どれくらいかかるだろうか。
その間、蒼と海は・・・?
「蒼と海は?ねえ、どこ?どうして私だけ連れてきたの?ねえ、蒼は?海は!?」
寝かされていたらしい布団から這い出ると、立ち上がって走り出そうとするれいを、三太が太い腕で強引に押し留めた。
「動けるようなら安心だけんど、無理されんのは困るなぁ・・・。」
お婆ちゃんが、お腹の中の息を全て吐き出して、れいの手を握って頬ずりした。
「何があっだんだ?婆ちゃん、何もしでやれねぐって、ごめんなぁ・・・。」
「何が?何があったって・・・、何も・・・・・・?」
顔をキョロキョロと動かして蒼と海を視線だけででも探そうとするれいを、三太が座らせてその前に食事を置いた。
湯気をたてているのは、白米だけで作られたおかゆだった。
「要らない。蒼と海を探さなきゃ・・・。今頃、どこかで泣いているから・・・。」
「食え!」
「要らない。」
「食え!!」
「蒼と海を・・・。」
「食っでけれ!おらが見た全部、説明しでやっがら!!食っでけれ、れい!!」
肩に置かれた三太の手が、れいの身体を畳に押し付けてくる。
その力に抵抗するだけの力が全く出ない自分が不思議でしょうが無くて、三太の様子がただ事じゃないと感じて、小さく頷くと、おかゆを器によそって持ち上げた。
大人しく言う事を聞いてくれたれいにホッとして、三太がお婆ちゃんの横に座り込んで、ポツポツと話してくれた。
「おら、野菜届けに斗南さ行っで、おめん家に入ったんだ。蒼にも会いでかっだし、海も見たかっだしな。・・・・・・んだども、おめん家入っで、おめが壁に凭れで倒れでんの見で、心臓止まるかと思っだ。」
壁に凭れて・・・倒れて・・・?
何で、そんな事になっていたのだろうか・・・。
林に薪を取りに行く日々を送っていたはずだ。
倒れて・・・?
「死んでっかど思っだんだぞ。・・・・・・死んでねぐって、良かった・・・。」
三太がそこまで言うと、目元をゴシゴシと擦った。
「おめを医者に診せるために家から出そうとしだら、すんげぇ抵抗されでな。斎藤が帰っで来るから、待っでなきゃいげねって・・・。蒼と海を連れでいがれで、ごめんなさいっで暴れでな・・・。」
連れて行かれて・・・・・・?
誰に・・・?
誰に連れて行かれたんだった・・・?
「そんまま、力尽きて気ぃ失っちまっだがら、医者に診せで、それがらこっちさ連れで帰っで来だ。斎藤には書置き残しだから、そんうちこっちさ来るど思う。」
おかゆを啜りながら、三太の話を聞いているけれど、何故か全く実感がわかなくて、やっぱり何で自分がここに居るのかが理解できなくて・・・。
首を傾げながら、器の中のおかゆを最後まで食べ終えると、床に置いて立ち上がった。
今度は三太も邪魔をしなかった。
だから、探さなければ・・・と。
「蒼と海を、置いてきちゃったの?隣のおばさん、面倒見てくれてるかな?・・・早く帰らなきゃ、はじめさんが帰ってくる前に帰らなきゃ・・・、私がちゃんとしなきゃ、はじめさんに申し訳が立たないから・・・。」
ぶつぶつと呟きながら廊下へと出て行こうとするれいを、三太が追いかけて腕を掴んだ。
「そんうち、斎藤がこっちゃ来る。待っでればええ。」
「・・・だめ、蒼と海が・・・・・・、居ないの・・・。私がちゃんと面倒みれなかったから、私がしっかりしていなかったから・・・、どうしよう、どうしよう・・・、居ないの・・・、どうしよう・・・。」
震えながらぶつぶつと呟き続けるれいが襖を開けると、すぐに三太が閉めた。
その、パシンと襖が柱を打つ音に、れいの身体がビクリと一瞬引き攣って、膝から崩れるように座り込んだ。
・・・そうだ、蒼を、蒼を怒り任せに叩いちゃって・・・、それを怒った容保様の遣いの者が私を叩いて・・・・・・、蒼と海を・・・、はじめさんの新しい奥方の所に連れて行っちゃった・・・・・・。
座り込んで茫然自失するれいに、三太とお婆ちゃんが心配そうに声をかけるけれど、れいはしばらく何の反応もせずに、そのまま座り込んで宙を見つめていた。






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