ずっと




明治三年、一月。
雪が輝く眩しい景色の中、れいたち渡部家に祝福の時が訪れていた。
明治二年の五月、函館での戦争が終わり、日本という新たな国が誕生した。
未だに戦争の傷跡が残るここ会津でも、ようやく人々の心に余裕が生まれてきた。
そんな時のお祝い事と言うことで、みんなが浮き足だっている中・・・、一人だけ、背中に暗雲を背負って座っている人が居た。
「なすてだぁ・・・。」
紋付袴の一張羅に身を包んで、部屋に閉じこもる男、三太・・・。
れいの眩しいばかりの笑顔を眺めて、瞳に涙を浮かべる。
慎ましやかなお祝いの宴も用意してある。
近くの神社にお願いもしてある。
それなのに、肝心の主役が出てこないことに呆れて、お婆ちゃんがれいに呼びに行くように頼んできたので、部屋へと迎えに来たのだが・・・。
「なすてだぁ・・・って、あのねぇ・・・。」
がっくりと肩を落として小さくなっている三太に、思わず溜息を零す。
「あんたが結婚式しないなら、私とはじめさんでするよ?」
当然のように後ろからついてきている斎藤さんを振り返って笑顔を向けると、斎藤さんも少し頬を染めて微笑んで頷いてくれる。
「いや!それは駄目だ!おらとおめがすんだ!」
「やだよ。」
「認めん。」
即座に二人から反論されて、三太が再び目尻に涙を浮かべて項垂れた。
「なすてだぁ・・・、おら、結婚するだなんて、言ってねぇ・・・。」
「相手がぜひにって言ってくれたんじゃない。あんたには勿体無いくらいの美人だったわよ。」
「おら、美人よりもめんごい方がいんだ・・・。」
「可愛かったわよ。」
「嘘つぐでねぇ。」
全く動こうとしない三太に向かって歩くと、れいは頭を叩いた。
「いでぇ!」
「いい加減にしなさい!明日には私たち、斗南に行っちゃうの。最後まで心配させないでよ。」
「行がねばいい。」
「行くわよ。」
腰に手を当てて威嚇してくるれいに怯みつつ、三太が不貞腐れてそっぽを向く。
「れいちゃーん!蒼が泣いでるー!」
母屋から響く声に身を翻して、返事をする。
斎藤さんをそっと見上げると、小さく頷く。
「じゃ、はじめさん・・・、ちょっと行ってくるから宜しく。」
「ああ。」
縁側から降りて駆けてゆく愛しい妻を、優しい眼差しで見つめてから、三太に視線を戻す。
と、睨んでくる三太と目が合った。
「なすて、おめだけが残るんだ・・・。」
斎藤さんに敵対心剥き出しで言う三太を気にした様子もなく、その場に座り込むと対峙した。
「おめがこっだギリギリで帰って来ねがったら、れいさ連れで駆け落ち出来たんだ。」
「お前がそのつもりでも、れいは一緒には行かない。」
「無理やりでも、攫っちまえば・・・。」
「お前には出来ない。」
「なすてだ!おめに何が分がる!?」
「お前がどれほどれいを思い、大事にしてくれていたか、手紙で聞いている。」
「んな!?」
思いもしなかった言葉を聞いて、三太が目を見開く。
「れいはきちんと分かっている。お前がれいを本当に思っていたことに気付いて、自分が居たらお前が幸せになれないとも言っていた。」
「し、幸せだ!そばに居るだけで、幸せだ!」
意地を張り続ける三太に、斎藤さんがそっと息を吐いた。
しっかりと見つめながら、ぼそりと、話し始める。
「れいは、夫を亡くしたこと、夫の弟から迫られたこと、全て自分のせいだと思い込み、背負い込んで京に逃げてきた。一人で生きていくつもりで、必死になって髪結い処を開ける物件を探していた。そんな時に、出会った。」
「今、そっだら話、聞ぎたぐね!」
「・・・・・・。もう、六年以上前になるか・・・。」
「んだがら!」
「れいは、俺たちが借りようとした家に目を付けていて、競り負けた。だが、偶然再会し、局長がれいに家を与えて、新選組の情報屋として髪結い処を開いた。」
「おめも、人の話聞がねぇ奴だな…。」
三太が、斎藤さんの話に耳を傾けながら文句をブツブツ言い続ける。
それすらも気にせずに、斎藤さんは話し続けた。
「新選組の為に島原で廻り髪結いをしたりもした。れいはあの容姿だ。男に目を付けられて、何度か危ない目にもあっている。それでも、れいはそれらを自力で何とかしようと頑張ってきた。」
「あいづ、強ぇがんな…。」
「いや…、弱いからこそ、誰かが助けに来るまで待つという事が出来ないのだ。誰かが自分を助けてくれるとすら、最初の頃は思って居なかった…。」
「なすてだ?」
「自分に価値があると、思っていなかったようだ。」
斎藤さんの口から紡がれるれいの話は、あまり今からは想像が出来ない。
今のれいは、斎藤さんを一心に想い、信じ、斎藤さんからも想われていて、自分の価値はそこにあると、そう知っているように思う。
相変わらず、突っ走ったり無茶をしたりするけれども、そこには誰かが何とかしてくれると言う信頼のようなものを感じていた。
会津藩降伏後、城下に出向いていた時も、三太が迎えに来る事を知っていた、信じていたように思う。
「そんなれいを支えたくて、目を離せなくて、常に傍に居てやれないのに、俺の我儘で恋人にした。」
「はぁ?れいは、自分の我儘でって…?」
「いや…。れいの方が随分と大人だった…。身分の違いや、武士として生きたがった俺を想い…、一度、俺の前から黙って去って行った。」
三太は、少しだけ言葉に詰まった。
斎藤さんの様子が、余りにも苦々しく見えて、少しだけ、本当に少しだけ、好感を持った。
「ふ、ふんっ!おめも、だらしねぇな。」
「そうだな・・・。随分と、れいに迷惑や心配をかけた。」
少しだけ表情を緩めて三太に語りかける斎藤さん。
その表情にれいへの愛情を見て、複雑さが込み上げてくる。
「全てが終わったら、江戸でれいを探そうと思っていたが・・・、その前に、同志がれいを見つけて、連れてきてくれた。」
「よぐ、逃げだのについてったな・・・。」
「いや、攫ってきた・・・らしい・・・。」
「・・・・・・、おめの同志、すげぇな。」






prev next

-top-


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -