粉雪




吹き荒ぶ風に曝されながら、城下への道を急ぐ。
冷たくなる指先に息を吹きかけて、未だ首の据わらない蒼を胸に抱いて、泣きそうになるのを堪えながら。
会津藩が降伏した。
その事実が知らされたのは、降伏してから少し経ってから。
既に十月に入っている会津の風はとても冷たく、いつ雪が降り出してもおかしくは無い季節になってしまった。
蒼には辛い季節だと言うのに、れいは家でジッと待っていることが出来なくて、こうして外に出て来てしまう。
突進型の自分を自覚している。そして、斎藤さんもそれを知っているはず。
今まで、ただじっと待っていたのは、蒼がお腹に居たからだ。
信じて待つ。けれど、探しに行かないとは言っていない。ジッと家の中で待つとは言っていない。
会津の為に、会津に残って戦っている斎藤さん、きっと、どこかに居るはずなのだ。
城下に向かうにつれて、現実をどんどんと思い知らされていくのに、それでも進む足を止められない・・・。
こうして、何日も続けて城下に通っている。
城下に着くまでに時間がかかるために、留まる時間はあまり無いのだけれど、それでも辞められない。
降伏を聞いた後に初めて城下に行った時、あまりの酷さに眩暈を覚えた。
沢山の・・・動かなくなった人の山・・・。
そこに、鳥が群がり死肉を漁っているのだ。
それだけではない、腐敗が進んでいる者もあり、体が保たれていない者の方が多かったように思う。
更には、埋葬を許されていないのだと・・・、同じようにどうにかしたくて訪れた人たちが、近寄ることも出来ずに呆然と立ち竦む自分に教えてくれた。
子供を抱えている自分には、何も出来ないかもしれないけれど、それでも行かずには居られない・・・。
今は身元を確認された遺体から埋葬を許されている。
その中に、斎藤さんが居ないことを確認したくて、どうしても足が動いてしまうのだ。
城下に着くと、今まで探した場所以外を探し出す。
自分以外の人が、会津藩士を確認しては埋葬していくのを眺めて、そして再び目線を下に戻す。
分かっているのだ、本当は・・・。
ここには斎藤さんは居ない。
死んでいないと言うことは勿論だけれど・・・、降伏を聞く前、斎藤さんが撤退の最中に立ち寄ったあの日には、既に城下は焼けていたのだから。
あの後に戦線に戻ったとして、それは城下では無かったはず。
居ないものを探すなど、無意味にも程がある。
自分のやっていることの矛盾に、思わず泣き笑いをして目元を拭うと、前方から女性が近づいてきた。
「また、いらしたの?」
上品な佇まいをして、背筋をピンと伸ばした女性。
自分よりも年下のその女性に、れいは何故だか敬意を覚えていた。
「はい。何かお手伝いできますか?」
「それは勿論、嬉しい申し出ですけれど・・・。蒼ちゃんが居るのですから、あまりお手伝いをしていただく訳には・・・。」
城下で何度か顔を合わせているうちに、話すようになったその女性は、困ったように首を傾げている。
「会津の方でも無いですから、身元の確認など出来ないでしょうしね。」
「なら、埋葬のお手伝いを・・・。」
「埋葬の方は私共も出来ないのですよ・・・。それに、男性にお任せしているので・・・、それは何とも・・・。」
相変わらず、こうして何の手伝いも出来ずに、ただ探し回っている自分が情けなくなる。
「そう・・・ですか・・・。」
俯いて、腕の中の蒼をぎゅっと抱き締める。
「もう、ここにはいらっしゃらない方が良いと思いますよ。蒼ちゃんにも、あなたにも良くないと思います。あなた・・・、顔色が優れないですよ、ご自分で自覚なさってくださいね。お母さんが倒れてしまっては・・・。」
しっかりと目を見つめて話をする女性を見つめ返して、蒼に視線を移す。
「そう・・・ですね・・・。分かっているんです、ここでは見つからないって・・・。生きているって、信じているんですけれど、生きている証拠が欲しくて・・・。」
「旦那さん・・・ですか?」
「はい。迎えに来るって約束、しているんで・・・。絶対に守ってくれると信じているんです。でも・・・、まだ来てくれなくて・・・。」
焼け爛れた城下と、砲撃で穴が開き、惨状を曝け出す城を順繰りと眺めながら、風に乱れる髪を手でそっと押さえる。
「あの、もし会津新選組隊長、斎藤一に会ったら・・・。」
「会津新選組隊長・・・。」
女性が目を見開いて驚くのに気付かずに、城を眺めたままれいが続ける。
「せめて、手紙をくれとれいが言っていたと・・・、伝言をお願いできますか?」
「・・・・・・分かりました。もしお会いすることがありましたら、そう、お伝えいたします。」
「お願いします。」
しっかりと腰を曲げてお辞儀をすると、女性が微笑んで頷いてくれた。
別れて、足元を眺めながら来た道を戻りだす、その足取りは重く、まるで鉛を足に巻きつけているような気がする。
斎藤さんが、今何をしているのか・・・。
降伏したら、終わりではないのか・・・?
まさか、新選組を助けるために函館に向かったのでは無いか?
そんなことを考えながら帰り道をのろのろと歩くと、前方に三太が腕を組んで立ち塞がっているのに出くわす。
俯いて口をギュッと結ぶと、顔中の筋肉に力を入れて平気な顔を作り上げる。
「また、迎えに来たの?平気だって言ってるのに!」
憎まれ口を叩きながら三太の元に歩み寄ると、三太が溜息を吐いて組んだ腕を解く。
「おめ、もう城下に行かねでけれ・・・。」
「うん・・・。もう、行かない・・・。」
素直に頷くれいに驚いて、一瞬次の言葉を失う。
けれど、気を取り直して嬉しそうに頷くと、れいの頭を撫で始めた。
「やっど分かってくれだか!良かった良かった!」
「うん。次は、峠とか街道とか、探そうかな・・・。」
「な!!そっだこど、させね!!」
「嘘。しないよ、そんなこと。流石に蒼が風邪引いちゃう・・・。城下なら、お城に登城するはじめさんに会える可能性もあると思えるけど、峠は・・・ね・・・。」
睫毛を伏せて自嘲気味に口の端を上げるれいに、三太がゴクリと喉を鳴らす。
「れい・・・。」
そっと両手をれいに回そうとして、れいが帯の隙間から取り出す剃刀の刃に怯えてすぐに引っ込める。
「おめ、あれ以来おっがねぇよ・・・。」
「当然です。三太の事も警戒することにしたから。」
「ちぇ・・・。そんな奥の手があるなんてなぁ・・・。」
三太が呟いて、カクリと首を落とした。






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