母は強し




会津若松と一言で言えど、広かった…。
祖母の実家に辿り着けないのではと不安になっていた頃、やっと知っていると言う人を見つける事ができ、れいは一つの広大な家の前に着く事ができた。
広大な…平屋。
江戸とも京とも違う家の佇まいに、息を飲む。
家の奥には、これまた広大な畑が広がっている。
流石は地主だけはある。
この付近では、知らない人は居なかった。
城下で聞いても誰も知らない様だったけれど、同じ会津若松とは言え、広い土地の端のほうなど、ここで暮らしていたら自分だって知らないで人生を終えたかもしれない。
「ごめんください!」
れいは声を張り上げて入り口に向かって怒鳴るが、返事が無い。
先ほどから何度か声をかけているのだけれど・・・。
首を傾げて、ここが百姓の家だということを思い出す。
昼が過ぎているが、夕刻まではまだ時間がある。
裏の畑に居るのかもしれない。
家の庭を横切るのには気が引けたけれど、そこが庭なのか道として使って良いのか分からない。
家の周りに柵が無いのだ。
少し離れた場所まで行けば、道だと明らかに分かる通りがあるけれど、そこまで行くのが億劫でれいは家の側面すれすれを回りこんで奥に抜ける。
「すいませーん!」
目の前に畑が広がり、子供たちが畦道を走り回っている。
様々な草の生い茂る畑の中から、一人の老人が顔を出した。
「呼んだけぇ?」
「はい。あの、渡部さんですか?」
「んぁあ?」
老人が耳に手をかざして傾ける。
「渡部さんですか?」
「何だってぇ?」
どうやら耳が遠いらしい・・・。
少しだけ近づいて、畑の中に入る。
すると、老人も腰を擦りながら近づいてくる。
「渡部さんですか?」
「ああ、おめえか!姉さんの孫!あんだっておめえ、こんな遅ぐまで、どごで何してたんだ!?」
いきなり鋭い剣幕で怒られると、土で汚れた手で頭を叩かれた。
「いったぃ!」
「おめえ、親に心配ばっかかげて!おらたぢにも心配かけで!」
「す、すいません・・・。」
れいが素直に謝ると、老人が再び土で汚れた手を頭の上に上げる。
思わず肩がビクリと震えるが、その手が優しく頭をなで始める。
「よぉぐ来たなぁ。おめ、姉さんそっぐりだで、すぅぐわがった。」
祖母には、一人妹が居て、その人が家を守っていると聞いている。
では、この人が祖母の妹なのだろう。
「お婆ちゃん・・・。」
いつまでも撫でられる頭から、時折土が零れ落ちてくる。
「もぉう、安心しろぉ。こごまで来だら何も心配いらねぇ。」
お婆ちゃんに撫でられ続けて、張り詰めていた気持ちが緩む。
自然、涙がこみ上げてきて鼻の奥がツン・・・と痛んだが、無理に笑顔を作り上げてお婆ちゃんを見つめる。
「お婆ちゃん、お世話になります。」
「任せておげ。お婆ちゃんが力になってやるがんね!」
「有難うございます。」
深々とお辞儀をすると、お婆ちゃんが背中を押して家に案内してくれる。
「さ、疲れを癒しで、お手伝いたぁんとしどぐれ。」
「はい。勿論です!」
お婆ちゃんに押されながら、家に連れて行かれる。
平屋の広い大きな家の横には、これまた平屋の少し小さな家が建っている。
お婆ちゃんはれいをそちらに連れて行くと、井戸で水を汲んで手を洗いだす。
「あんだおめえ、頭に土さくっづげて。」
言いながら頭を払ってくれる。
「・・・さっき、お婆ちゃんに・・・。」
「ああ、そうが!そりゃあ、悪がったねぇ。」
歯の抜けた口を大きく開いて笑いながらお婆ちゃんが謝ってくれる。
「あっぢのでっけ家は、息子夫婦の家。おらの家は、こっぢのちっこいのだ。おめも、こっぢで生活しでけれ。」
「はい。」
素直に頷くが、正直面食らっている。
小さい・・・?全然小さくない・・・。自分の実家の何倍もの大きさだ・・・。
「あの、私のお祖母ちゃんって、どこで生活してたんですか?」
「あっぢのでっけ家だ。おらも、姉さんも、あっぢの母屋で育ったんだ。でも、息子夫婦にあっぢさ譲って、おらと爺さん、こっぢに家さ建でて、こっぢさ移ったんだ。でも、爺さん死んじまって、今ぁおら一人で気楽な余生送っでるんだ。」
「息子夫婦さんたちは、今どこですか?」
「ちっと遠ぐの畑さ行っでる。」
「そうですか。」
「後で紹介してやっがら、安心してけれ。」
再び背中を押されて、家の中に案内される。
「まぁず、風呂さ入るけ?」
お婆ちゃんがそう言うなり、れいを置いてそのまま奥へすたこらと行ってしまう。
れいは家の中に荷物を置くと、辺りを見回しながら呆然とする。
お婆ちゃん夫婦二人用に建てたと言うその家は、居間だけでれいの実家の広さを超えてしまっている。
居間を通り過ぎて廊下に出ると、更に奥に部屋が何個もある。
隣の部屋を覗くと、そこは居間ほど広くは無いが、ガランとした何も無い部屋だった。
畳を数えると、八畳もある。
「何してんだ?こっちゃこー!」
お婆ちゃんが廊下の奥の扉から顔を出して手招きをしている。
「はい。」
返事をしてお婆ちゃんの居る場所まで行く間に、廊下の両側にある部屋を覗いていく。
本棚があり、本が沢山詰められている部屋、箪笥と化粧台のある部屋、何も無い部屋。
居間を含めると全部で七つ、部屋がある。
キョロキョロと見回しているれいを見て、お婆ちゃんが教えてくれる。
「母屋にも部屋いっぺぇあっけどな、親族集まっだら足りねぇんだ。んだがら、みんなが来だ時用に、客間が四つ。んで、爺さんの書斎とおらの寝室だ。」
全ての部屋が襖で仕切られていて、襖を外してしまえば大きな一つの部屋になりそうだ。
広いけれど、単純な造りになっているので、迷わないで済みそうだ。






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