朧月夜




斎藤さんと別れた宿を翌日には引き上げて、れいは街道を進んだ。
隣の宿場を一日で引き上げて、ただ会津へと急ぐ。
急がないではいられなかった・・・。
会津に着いたからといって、斎藤さんに会えるわけではない。
それでも、街道を急ぐ。
もうすぐ会津に着くと言う所で、れいは銃撃戦の後に出くわす。
散らばった木の板に、残る弾痕が生々しい。
地に落ちる赤黒い染みは、きっと血の痕なのだろう・・・。
遺体が転がっていることは無かった。後に通った人たちが埋めたのか、横に盛り上がった土がある。
その様子から、ここ数日の出来事だと教えられる。
思わず、息が速くなる。
大丈夫、大丈夫・・・。
自分に言い聞かせながら通り過ぎようとする。
しかし、何かを踏んづけて、そのまま体勢を崩して倒れそうになるのを何とか堪えた。
「痛い・・・、何?」
足を上げて地面を見ると、自分の体重で少しめり込んだ、透明の小さな瓶が転がっていた。
その形に見覚えがあり、れいは息を飲む・・・。
土の中から瓶を取り出して、蓋が開いて中身が空なのを確認すると、それを胸に押しい抱いた。
「強くなる薬」
それが入っていた瓶だ・・・。
こういう瓶は、珍しくて手に入りづらい。
これを斎藤さんが持っていたことは、手の感触で確認済みだ。
まさか、この薬を飲んだのだろうか・・・。
ならば、ここで戦っていたのは、やはり斎藤さんなのだろうか・・・・・・。
それとも、これは隊士全員に配られていて、斎藤さん以外の誰かが飲んだのだろうか。
強くなると言っても、一体どうなるのかが分からない・・・。
ただ本当に、一時的に強くなるだけなら、滋養強壮剤だと言う事だ、何も心配は無い。
無いのに・・・、自分から取り上げた土方さんと斎藤さんの表情と、「お前がこれを飲んでいなくて良かった・・・。」と言った土方さんの言葉が、頭の中を巡る・・・。
ただの滋養強壮剤に対する言葉では無かった・・・。
「はじめさん・・・・・・?」
ふらつく足を叩いて叱咤すると、れいは先を見据えて再び歩き出した。
ともかく、会津を目指さなければ・・・。
会津に入れば、会えなくても情報が耳に入るはずだ。
新選組、斎藤一が今どうしているのか・・・、その安否が分かるはずだ・・・。
会津を目指さなければ・・・・・・。
小瓶を胸に押し付けながら、れいは歩き続けた。
そうして、ひたすら足を動かして会津へと辿り着いたれいは、祖母の実家に向かわずに、城を目指した。
会津に入った時には、既に日が暮れてしまっていた。
それでも、歩くのをやめられない。
信じて待つと誓ったのに…、自分はこんなにも弱かったのか…。
確かめないと居られない、縋り付くものが欲しい。
その時、向かいから灯りがゆらゆらと近づいて来た。
誰かが歩いているのが、近づいて来る灯りで見て取れる。
れいはその人に近づいて、腰に差した刀を確認すると、まるで縋り付く様にして近寄る。
「あの、あの…、すいません!ちょっとお尋ねしたいんです。」
「ん?何だね?」
「新選組の斎藤さんは、無事に会津に着いていますか?みんなと合流しましたか?」
「はあ?新選組ねぇ…。確か、新選組は合流したって聞いたが、その、斎藤さんて奴が居るかどうかまでは知らねぇなぁ。」
「そうですか…、有難うございます。」
「人探しも良いが、さっさと帰れ。妊婦が夜にウロつくもんじゃねえ。」
「…はい。」
男に言われて素直に返事をすると、れいはすれ違って先に進んだ。
城まで、まだ大分距離が有る。
しかも、城に常駐して居るわけでは無いかもしれない。行った所で、安否の確認が出来るとも限らない。
「はじめさん…。」
握り締める手の中の瓶が、不安を煽る。
得体の知れないものほど怖い…。
雲に隠れていた月が姿を現し、青白く光り出す辺りを見回す。
視線を道の先に向けると、また誰かが近づいて来るのが見えた。
「あの!!」
駆け寄って、ギクリとその足を止める。
「おや…?君は…。」
肩の傷が、ざわりと騒いだ気がした…。
「斎藤君の奥方殿ではないですか。こんな所でお会いするなんて、奇遇ですね。」
月明かりに、眼鏡がキラリと光り、彼が今どんな表情をして居るのかが分からない。
「山南さん…。」
「おや、私の名前をご存知でしたか。何も知らないから解放したと、聞き及んでいましたが…?」
山南さんが、一歩踏み込んで来ると、れいは条件反射で一歩退いた。
この人からの危険は去ったと聞いているが、やられた事に対する恐怖は消えない…。
それでも、新選組の一員なのだ、一番有力な情報が貰えるはずだ…。
れいは深呼吸をすると、山南さんを睨みつけるように見上げた。
「あ、あの…、はじめさんは…、斎藤さんは、無事に皆さんと合流しましたか?」
れいの質問に、山南さんが眼鏡の位置を直す。
奥の瞳がチラリと覗く。
「ええ、隊士が数名被弾して重傷でしたが…、彼は素晴らしい変化を遂げて戻って来ましたよ。」
「素晴らしい…変化?」
山南さんの口振りに、手が震えだす。
彼のこの喜び様は、少し異常な気がして…、震える手の中の瓶をそっと差し出した。
「これ…、この薬…。」
「おや、これは私が差し上げた…?これを飲まれたのですか?」
「いえ…、手前の街道に空になって落ちて……。」
血の気が引いていく。
この瓶を、瞬時に自分がれいの帯に忍ばせた物だと判断したのだ…。
「そうでしたか。ならばきっと、斎藤君が飲んだ瓶でしょう。」
山南さんがれいの手から瓶を受け取る。
「それ…、何の薬なんですか…?何で、死んだはずの山南さんが生きて居るんですか?何で……。」
必死に声を絞り出す。
山南さんの表情が読めなくて、何を思って居るのかが全く分からない。
「私は、死んでは居ないと、言う事です。死んだ事にした方が、色々と動きやすかったんですよ。」
「じゃぁ、あの、髪が白くなって、目が赤くなる病は…?」
「病…?病等ではありませんよ。それこそ、この薬の奇跡!強靭な肉体を手に入れ、驚異的な回復力を持つ事が出来る!」
「…?い、言っている意味が…?」
この薬を飲むと、強靭な肉体?回復力・・・?そう言う事は本当にあるのだろうか…?
それは、それは…?
「そんな薬、あるんですか…?」
「ええ、現にこうして、あるじゃないですか。ただ、ちょっと、人とは違う容姿になり、昼に弱くなり、血が欲しくなり、…力を使い過ぎると生命力が削られて、早死にする…と、それだけです。」
山南さんの言葉が、段々と小さくなっていき、聞きづらくなる。
それでも必死に理解しようと努めるが、頭が働かないのか、理解を拒否して居るのか、真っ白のままでただ震えて居るしかできない …。
「我々は、羅刹…と呼んでいます。」
「らせつ…?」
ただ無意味に繰り返す。






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