武士として




れいは、斉藤さんたちと共に無事に峠を越えて宿場に辿り着いた。
宿場は、幕府軍と新政府軍の兵たちで賑わっていた。
町中なので、銃撃戦には至らないが、一触即発の睨みあいをしている集団も珍しくない。
宿の方でも困っているようで、同じ宿に敵同士を泊められないと言うことで、何度か断りを入れられた。
幕府軍が泊まっている宿は、既に満員で入れない。
「すまない。お前だけならどこにでも泊まれるのだろうが・・・。」
斎藤さんがボソリと謝るのに対して、れいは首を振った。
「気にしないで下さい。ここまで連れてきてもらっただけで、本当に感謝しているんです。これくらい、何でもありません。」
そっと微笑むと、斎藤さんが頬に手を当てて撫でてくれる。
「疲れただろう・・・。」
「はじめさんも・・・。」
その手に自分の手を重ねて頬ずりをする。
辺りは既に暗くなり始めている。
早く宿を決めないと、宿場に来ているのに野宿しなければいけなくなってしまう。
宿場とは言え、普通の家も有るだろうと思い、ふと、れいはあることに思い至った。
「はじめさん、この宿場には診療所って、無いでしょうか?」
「?」
「はじめさんの傷の手当もしたいですし、負傷した隊士さんたちも、きちんとした手当てをしなければ・・・。」
他の隊士たちは、二人から少し離れた場所で二人を見守っている。
休憩をして以降、れいを見る目が変わったのだ。
斎藤さんに抱き締められ、その後も隣を歩くように言われ、言われるとおりにしてきた。
視線が痛くて、居心地が悪くて仕方が無いのだけれど・・・。
次第に、二人の間に流れる独特の空気をみんなが感じ取り、見守られるようになってしまった。
それだけ、斎藤さんがみんなから信頼されていて、好かれているという事なのだろうけれど・・・、果たして、それだけ信頼している斎藤さんの相手が、自分で良いのか?と逆に心配になってくる。
何故、みんな自分に対する不信感は持たないのだろうか・・・。
目立たないとは言え、お腹に子を宿している、どこの馬の骨とも分からない女だ。
いや・・・、何か問題があれば、斬れば良いだけの話なのかもしれない・・・・・・。
そんなことを思いついてしまって、落ち込んだ。
急に落ち込んだれいに気付いて、斎藤さんが手を繋いでくれた。
これほどに、みんなの前で行動を顕にしてくれる人だとは思っていなかったので、驚いたけれど、同時に嬉しかった。
普段はしない行動をするほど、心配してくれたのだろう。
どっちにしても、自分は斎藤さんの妻になるのだから、斬られる心配は無いのだ。
繋がれた手を握り返して、微笑みかけた。
斎藤さんが頷き返してくれた。
流石に宿場に入る前には手を放したけれど、それまでずっと、二人は手を繋いでいた。
「診療所と言っても、こういう場所では松本先生の所の様には行くまい。」
斎藤さんが難しい顔でそう告げる。
外科的手術など、蘭方医で無ければ出来るものではない。
町医者は全て漢方医で、傷の手当などには向かない。
「そっか・・・、そうですよね・・・。」
返事をしながら、次の手を考える。
そして、先ほどの宿に目を向けて、裏口の方へと回りこむ。
斎藤さんが黙ってついてくる後から、隊士たちもついてくる。
「ね、はじめさん・・・、驚かないでね。」
「?」
斎藤さんがれいの言葉を理解する前に、れいは裏口を叩いて開け放った。
中から店の人が顔を出すと、れいはその人前に蹲って、裾を握り締めた。
「すいません・・・、急にお腹が・・・・・・、痛くて・・・、休ませてもらえませんか?」
「え?いえ、あの、表から来てください。」
「でも、連れが幕府軍だからここは無理だって言われて・・・・・・、どうしよう・・・、お腹に子が居るのに・・・、痛くて・・・、死んじゃったら・・・・・・!!」
「れい!!?」
斎藤さんがれいの言葉に驚愕して駆け寄ってくる。
膝を着いて様子を窺う斎藤さんの腕を掴んで、苦しそうな表情で訴える。
「どうしよう・・・、痛いの・・・、はじめさんの子が・・・、子が・・・・・・!」
「い、医者を!!」
「横になれば、楽になると思うから・・・。」
立ち去りかける斎藤さんの腕を掴んで留めて、店の人を見上げて訴える。
「お願いです、一晩だけで良いんです・・・。休ませてください・・・。」
れいの様子に店の人も慌てて奥へ引っ込み、先ほど応対してくれた女将さんが出てくる。
「あら、あなたたち、さっきの。」
「お願いします・・・、もうお腹が痛くて歩けないんです・・・。これ以上歩いたら、お腹の子が…。お代はきちんと払いますから・・・、どうか・・・。」
「俺からも頼みます。れいを、子を、休ませてください・・・。」
れいの手を握り締めて、斎藤さんが頭を下げると、女将さんが心配そうに見ながら、そっと手を招く。
「仕方ない。困った時の人助けは、しないわけにはいかないからね。でも、そっと入ってきて下さいね。」
女将さんがそう言いながら先に立って部屋に案内してくれる。
小さな部屋に斎藤さんとれいを案内して、その後に少し大きな部屋に隊士たちを案内する。
れいは斎藤さんに抱き上げられて、部屋へと入るとそっと畳みに下ろされた。
すぐに女将さんが戻ってきて、布団の用意をしてくれる。
「お食事は食べられますか?」
用意をしながら女将さんに聞かれて、れいは頷いた。
「残っても、夫が食べてくれますから。」
「そう?じゃ、普通に用意させてもらいます。」
女将さんが布団を敷き終えて部屋を後にする。
すると途端にれいが起き上がり、斎藤さんに向かって爽やかに微笑みかける。
心配そうにれいの手をずっと握り締めていた斎藤さんが、驚いて目を瞠る。
「れい?」
「だから、驚かないでって、言ったでしょう?」
「・・・・・・。」
斎藤さんがれいを凝視して、頬に触れる。
「はじめさん?ちょっとした嘘、演技です。宿に泊まれないと、みんなの疲れが癒えないでしょう。」
そう言うれいの顔の色が、灯りの中でも少し青い。
薄暗がりの中でも気にかかっていたのだが、やはり心配はあたっていたようだ。
「演技では無いのだろう?顔が青い。」
「え、青い?そんなこと無いですよ。」
「お腹も、本当に痛いのだろう?」
斎藤さんの優しい声音に、れいの顔がくしゃりと歪む。
「我慢させて悪かった・・・。」
「はじめさんは悪くないですよ。体力の衰えが原因です。もう、若くないんですよ、私。」
斎藤さんの膝に頭を乗せて、くたりと横になるれいの頭を撫でる。
痛そうに眉を寄せて目を閉じるれいの上に掛け布団をかけて、手を握り締めた。






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