街道北上
京へと向かっていた六年前とは、大分状況が違うのだと思わざるを得なかった。 れいは、呼吸を乱しながら道を進む。 そして時折、お腹を押さえて眉を顰める。 六年前は、二十代でも前半で、まだ自分も元気で体力もあり、衰えても居なかった。 そして何より、お腹に子を抱えては居なかったのだ。 けれど・・・、今は三十を間近に控えている。 そして、お腹の中に子が居る。 大分高齢出産だな・・・と、少しだけ心配をしていたけれど、心配しなければいけないところは、実はそこだけではなかったのだと、今更ながら思い至る。 「はぁ・・・、駄目だ、ちょっと休憩・・・。」 木陰に寄って、木に凭れて座り込む。 何とか江戸から歩き通してきたけれど、最近宿場に着くたびに、体力が戻り、お腹の張りが無くなるまで休むと、どうしても二日はかかってしまう。 あと少しで白河という所まで来ているのに・・・、今日中に宿に着けるのか、この調子では分からない。 最初のうちは良かったのだ。順調に進んでいたと思う。 歯がゆい思いが胸を占める。 同じ通りを、大勢の武装した集団が通っていく。 時折、先の通りで小競り合いがあったなどと聞こえてくることも増えた。 小競り合いに巻き込まれてはたまらない、野宿だけは絶対に出来ない・・・。 呼吸を整えて、足を少しだけ揉み解すと、お腹を擦って話しかける。 「頑張れ。あなたのお父さんも、もっともっと頑張っているんだよ。私も頑張るからね。」 少しだけせり出してきたお腹に微笑みかけて、ゆっくりと立ち上がる。 「もうちょっと、あとちょっと。」 自分に言い聞かせながら歩いていると、また後ろから大勢の足音が近づいてくる。 新政府軍なのか、幕府軍なのかは分からないけれど、どうもこの先に終結しているらしいことだけは分かる。 どこだかの宿場で噂に聞いたことだけれど、新選組局長である近藤さんが、流山で新政府軍に取り押さえられたとか・・・。 嘘であって欲しいと思う。土方さんと千鶴ちゃんは無事なのだろうか・・・。そして、斎藤さんはどうしただろうか・・・。 捕まったと言う噂が、近藤さんの名前しか挙がらなかった。それだけに望みを託す。 この、大勢の足音のどこかに、斎藤さんが、土方さんが、千鶴ちゃんが混じっていて欲しい・・・。 胸の前で手を組みながら、そっと道の脇に避ける。 けれど、盗み見ることは出来ない。不躾に見るだけで、何かを言われることもあるのだ。 旅の最初の頃、ジロジロと見ただけで打ち叩かれた人を目撃して依頼、気をつけている。 新政府軍も、幕府軍も、殺気立っていると言うことなのだろう・・・。 こんな時に、女一人で旅をしていると、中々に不信感を持たれやすいらしく、宿場に入る度に呼び止められてしまう。 しかし、母が用意してくれたもののおかげで、無事に通過することが出来ている。 母には感謝してもし足りない・・・。 無事に生まれたら、斎藤さんと一緒に子供を見せに行かなければと強く思う。 その為には、まずは会津に辿り着かなければ・・・。 もう、子を産む場所はどこでも良いのでは・・・と感じている。けれど、会津で待つと約束したのだから、会津に行かなければ・・・・・・。 何で会津なのか・・・・・・。 そこだけが、母に感謝しきれない部分だった。 会津と言えば、新選組の親のようなものではないか。 ということは、新政府軍の目の仇なのだ。 噂では、会津藩も武装をして徹底抗戦の構えをみせているらしい。 戦場になっても仕方が無いような場所だ。 祖母の実家が、会津のどこの場所に位置しているのか、まだ分からないけれど・・・、若松という位だから、若松城に近いに違いない。 そんな場所で、のんびりと子を産んで育てられるとは思えないのだけれど・・・。 斎藤さんが迎えに来てくれるのが早くなる。 そう思うと、行かないではいられなかった。 会津と言った時に驚いていた斎藤さんの顔を思い出す。 あの時の斎藤さんには、会津が危険な場所だと分かっていたのだろうか・・・? 大勢の武力集団をやり過ごすと、再び歩き始める。 そのまま速さを緩めずに歩き通したれいは、その日遅くに宿に辿り着くことが出来た。 宿を定め、なるべく外に出ないで疲れを癒す。 翌日、れいは突かれた身体に鞭打ち。宿を発って再び会津を目指した。 数日後、宇都宮城で激しい戦いが始まった。 ここに土方さんが参戦していたことを、この時のれいはまだ知らなかった・・・。
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