甲陽鎮撫隊が、甲府を目指して出立した。
れいは、夜の外出を止められ、言われた通りに夜は大人しく部屋で過ごしていた。
江戸では相変わらず辻斬りが流行っているらしく、夜になるとみんな帰らずに泊まっていくので、吉原は大忙しだ。
新選組がどんなに頑張っても、市中の生活は何も変わらない…。
それが少しだけもどかしい…。
「ちょっと、れい居る?」
「あ、はい。」
階下からお母さんが呼んでいるのに顔を出す。
「何ですか?」
「ちょっと降りて来て。」
「はぁい。」
夜の外出は出来ないが遊女屋の中での手伝いは出来るので、素直に降りていく。
今までもこうして呼ばれて、手伝いを頼まれる事があった。
今回もそうかと思って、お母さんの所へと行く。
「何かお手伝いですか?」
「そうじゃないんだけど…ねぇ…。」
「ん?」
いつもチャキチャキと話をするお母さんの歯切れが悪い。
何だか戸惑いの様なものを感じたので、お母さんの前に座ると、しっかりと目を合わせてみる。
「どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたも…、なんだかあなたを捜し歩いている人が居るらしくて…。」
「はぁ…。捜し歩く?」
一体誰が自分を探し歩くと言うのだろうか…。
家族には、どこに居るのか手紙を出したから、用があれば訪ねて来るはずだ。
家族以外に自分を探す人など、思い当たらない。
「誰が?」
「男の人としか。」
「男の人…?」
男の人と言われると、新選組のみんなしか思い当たらない。
けれど、新選組はみんな甲府に行っているはずだ。
「ここいらは、あなたがここに居るって知ってるから、親切に教えてくれた人も居るらしくて…。」
「え、教えちゃったんですか?」
「そうらしいのよね。」
「で?」
お母さんの申し訳無い様子に、嫌な予感がする。
思わず店の方を見てから、お母さんに視線を戻すと、お母さんが渋い顔で頷く。
「そう。来ちゃったのよ…。」
「えー…。」
「あなたの旦那さんが斎藤さんって知らなかったら、喜んで会わせてただろうけどねぇ。」
思わず顔が歪む。
これは、会わずにすむなら会わないでおきたい。
顔の前で指を交差させてバツ印を作る。
「すいません、会わない方向で話をしてもらえませんか?」
「勿論、そうしたわよ。でもね、相手も斎藤さんのことを知って居るらしくて、直接伝言をしたいって…。」
数日前に来たばかりの斎藤さんからの伝言…。
どう言う事なのか、理解が出来ない。
「まさか、斎藤さんに何かあったんじゃ…?」
お母さんの言葉に、血の気が引く思いがする。
けれど、甲府に着いて、戦うとして、そんなに早く何かが有って、そんなに早く報せが届くのだろうか…。
そんなに早く、斎藤さんが約束を破るとも思えない…。
お母さんに首を振って、しっかりと目を見据える。
「斎藤さんに何かが有ったわけはないと思います。」
「でも…。」
斎藤さんを知って居るのなら、新選組の人なのかもしれない。
全員で行かずに、留守番の人も居たのだろう。
けれど、新政府軍の可能性も捨てられない。
自分をどうこうしても、新選組に与える打撃など、無きに等しいと思うけれど。
「本当に、一体なんなのか聞いたほうがよくないかい?」
お母さんが心配そうに言ってくれる。
斎藤さんが新選組幹部だとは知らないお母さんや遊女屋のみんなを、危険に巻き込むのは避けたい・・・。
「分かりました。一応、聞いてみます。」
頷いて、立ち上がる。
お客さんは入り口で待っているらしい。
入り口には、用心棒の男性も居るはずだ。急に乱暴されたりはしないだろう。
重い足取りで入り口へと行くと、そこには眼鏡をかけた人の良さそうな顔をした男性が居た。
しかし、その顔を見た瞬間に背筋にゾワリと鳥肌が立つ・・・。
人が良さそうな顔・・・なのに、どこか不気味で・・・・・・、その顔は先日夜中に見た顔で・・・・・・。
「やぁ、また会えましたね。」
のっそりと告げられる言葉にも、覚えがあった。
その、全身に張り付くような粘り気を持った声・・・。
「私に・・・、何かご用ですか・・・?」
声が少し震えてしまう。
「ああ、緊張なさらないで下さい。」
サッと近づいてくる男から距離を置くように少し身体を後ろに退ける。
「少し、お話をと思いましてね。」
「なら、そこでお願いします。」
男の気さくな様子と、れいの緊張した様子が馴染まなくて、用心棒の男が手に握る棒をいつでも動かせるように浮かした。
それを目ざとく悟って、男が用心棒を睨みつける。
「組の内情を誰かに知られてはまずいのですよね・・・。そこの男に去ってもらうか、外で話をするか・・・、したいのですが・・・。」
相変わらず、底の読めない笑顔で告げてくる男に、れいは首を振った。
「何故・・・ですか?」
「斎藤さんが、私に組の内情を知らせることなど無いからです。それに、外には出るなと言われています。」
「その、斎藤君からの伝言だとしても・・・?」
「無いです。有り得ない。」
きっぱりと言い捨てるれいに、男の眉がピクリと跳ね上がった。






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