吉原より愛を込めて




将軍慶喜公が江戸へと逃げてきた。
その噂は江戸吉原にも届いていた。
新選組も江戸へと引き上げてきて、今は慶喜公の警護に当たっているらしい。
慌しく情勢が動く中でも、吉原は何事も無く日々が動いている。
れいは今日も髪結いとして仕事をしている。
住み込ませてもらっている遊女屋で口を利いてもらい、他にも数件廻らせてもらっている。
通りをいつもの風呂敷を抱いて歩いていると、浪人然とした人たちが増えていることに嫌でも気付く。
将軍様のため、幕府の為に戦おうと江戸に終結している人たちが、息抜きの為に吉原に遊びに来ているのだろう。
待合茶屋で柄悪く唸りあっている人たちも居る。
吉原には沢山の遊女が居る。それでも、島原と違い男は待たされて、遊女は一日に何人も客をとるほどに、男たちが溢れている。
こうして、単身で将軍様の為に江戸に来る男の人が多いからだろう。
「あら、れい、今帰り?」
格子窓の中から、馴染みの遊女が声をかけてくる。
「はい。もう今日は終わりです。」
「なら、裏から入ってきて。」
「・・・え?」
「良いから!ちょっと、今日も髪を結ってよ。」
手を招いて言う遊女に戸惑いつつも、裏口から入っていくと、遊女から話を聞いていたのだろう禿が待っていた。
「こっちです。」
「あ、はい。」
いつもは前もって頼まれているのだけれど、今日はどうしたのだろうか・・・?
遊女が待っている部屋に行くと、自分で髪を崩している。
「どうしたんですか?」
「最近・・・、京風の髪型が流行っているのよ。」
「京風の・・・。」
「だから、私も京風にして。」
「あ、はい。」
風呂敷から道具を取り出して、遊女の髪を結い上げ始める。
「最近、京からいっぱい人が流れてきて、京女恋しい男が溢れてるのよ。」
「京に居た人たち、全員が京の人たちじゃないですよ?」
「でも、じゃあ何で京風の髪型が人気になるの?」
「さぁ・・・?」
「さあ・・・って、あんたも髪結いでしょうが!」
「はい。本当に、何ででしょうねぇ〜・・・。」
何となく、はぐらかす。
けれど想像はついていた。
京の遊廓島原は、お客を待たせすぎたりしないし、一人に大勢が侍ることも出来る。
吉原に比べて、お客が少ないのかもしれない。
少しでも、京の島原の頃の好待遇を思い出したいのだろう。
手を動かして髪型を作り上げ、少しだけその遊女の顔に映えるように形を作り上げる。
「さ、出来ましたよ。」
「有難う。あら、これは・・・、良いじゃない!」
「京風ですけど、京風そのままだとつまらないと思いません?二番煎じなんて、あなたらしくない。」
「れい・・・・・・。」
「ね?」
「そう、そうね!じゃ、これで沢山の男たちを足蹴にしてくるわ!!」
「足蹴って・・・、それじゃ逃げられちゃいますよ。」
遊女の肩を叩いて、少しだけ揉み解すとれいは立ち上がった。
「さ、私は行きますね。」
「有難う!お代は禿から貰ってね。」
「はい。」
遊女屋を後にすると、禿がお代金を渡してくれる。その中から一枚を禿に渡して、人差し指を口に持っていく。
禿が嬉しそうに頷いて手を振ってくれるのに手を振り返して通りに出る。
すると、すぐに人にぶつかってしまい慌てて謝る。
「ご、ごめんなさい!」
「いや、こっちこそ、悪い!」
下げた頭を上げて前に居る人物を見る。そして、即座に後ろを振り返って走り出すが、ガッチリと手を掴まれる。
「おい、れいちゃんか!?」
「え?マジかよ、左之!」
「ち、違います!人違いです!」
「じゃ、何で逃げるんだよ!」
「逃げてないです!用事を思い出したんです!」
れいは虚しい言い訳だと分かりながらも、言わずにはいられなかった。
掴まれた手を引っ張って放してもらおうとするけれど、原田さんがガッチリ掴んでいる手が食い込んでいる。
「痛い、痛いです!」
顔を背けて見られないようにするが、どうしてもバレバレらしい・・・。
永倉さんが回りこんで顔を覗き込んでくる。そして、思い切り抱きしめられる。
「おお〜〜〜!!れいちゃんじゃん!!江戸に帰ったって聞いたけど、吉原に居るなんて、これはもう、運命だよな!」
「わああ!!は、放してください!!」
「放さねぇよ!また逃げられたくないからな!」
永倉さんがそう言いながら、ぎゅうぎゅう締め付けてくる。その容赦の無い力の入れ具合に、身体がギシギシ鳴る。
「く、苦しい、痛い!原田さん、助けて!」
れいの言葉に、原田さんが永倉さんの腕を一本放してくれる。
「新八、お前の馬鹿力で抱きしめたら、潰れちまう・・・。」
「わ、悪い・・・。」
永倉さんの力から解放されてよろけるれいを、原田さんが支えてくれる。
「で、何してるんだ?」
「仕事ですよ。」
原田さんは、支えてくれる腕を放してくれなかった。
逃がさない・・・と目が語っている。
「髪結いか?それとも遊女か?」
「遊女なわけ無いじゃないですか。」
「そうか・・・。なら、良いんだけどよ・・・。」
原田さんが溜息を吐くと、永倉さんに目配せをする。
そしてそれを見て永倉さんが頷く。
一体何の合図なのか疑問に思うけれど、れいには分からない。
「放してください。もう、行かなきゃ。」
「いいや、放さない。」
「とりあえず、少し話をさせてくれ。」
大男二人に囲まれて、れいは溜息を吐いた。
「話だけ・・・ですよ・・・。」
その言葉に安心して、やっと放してもらえた。






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