はらり




はらり・・・
ひらり・・・・・・
梅が舞い落ちる季節になった。
髪結い処を開いてから、三ヶ月が過ぎた。
無事に新年を迎えて、今年も気持ちを新たに頑張ろう!と意気込んでいる。
店内からは梅は見えない。けれど、時折風と共に花弁が待っているのを目にするようになった。
春・・・、切なくなる時も、嬉しくなる時も、梅と共に過ぎてゆく季節・・・。
「春・・・・・・ですね・・・。」
そっと呟くと、お客さんが屈託の無い笑い声で答えてくれる。
「そうどすなぁ。気持ちのいい季節にならはったなぁ。」
月代の手入れをされながら、はらり・・・と舞い落ちる花弁を一緒に眺める。
「今日は、どうしはった?」
いつも威勢の良いれいも、今日は何だか勢いが無いと感じる。
「何でもないですよ。暖かくなって、気持ちが緩みますよね。」
月代を整えて、すべすべになった頭に残った毛を払うと、お客さんはれいの前においてある枕に頭を置いて横になった。
先日、膝枕での耳かきを禁止されて、枕を送られたのだ。
それも、新選組幹部連からである。
お客を呼び込むためには、膝枕くらいどうってことない・・・と思っていたが、どうもみんなはそう思ってくれなかったらしい。
自分たち全員、一回は耳かきをしに来ているのにだ。いや、むしろしてもらったからこそ、止めたいと思ったのかもしれない。
『自分たちが居ない間に、襲われでもしたらどうするんだ!?』
と、言うわけらしいが・・・・・・。
『厄介ごとに巻き込まれたくないから、事前に防ぎやがれ!!』
という、土方さんの心の声が聞こえてきた気がした。
「そう言えば、ここいらの地主はん、先日亡くならはったって?」
自分の番を待っているお客さんが声をかけてきた。
「ああ、そうらしいて、言うてはったわ。」
耳かき中のお客さんが代わりに答えてくれる。
れいは、その話を聞いたことが無かったので、ビックリした。
「そうなんですか!?地主さん、確かに結構お年だったと思うけれど、まだ元気じゃなかったかしら?」
一度、店を出す時に挨拶に伺っただけだけれども、そんなにすぐに死んでしまうような人では無かったと思う。
「なんでも、道でこけはって、寝たきりになってしもうてな、そのまま弱って・・・ポックリ・・・やて。」
「わしらも、気ぃつけなあきまへんなぁ。」
「骨でも折ってしもうたら、そのまま死んでまうわぁ。」
「やだ、二人ともそんな年じゃないじゃないですか!元気で現役ですよ、まだまだ!!」
笑いながら答えて、ポンと肩を叩くと、寝ているお客さんが向きを変えてくれる。
「それはそうと、この枕やのうて、膝の枕を期待してるんやけどなぁ。」
ペタッと、れいの膝を触りながら訴えてくるお客さんに、苦笑して教えてあげる。
「ごめんなさいね、この膝の枕は、駄目だしされてしまったの。」
「なんや、あの山崎とかいう男か?」
「いえいえ、もっといっぱい、数居る私の旦那さん連からです。」
「れいちゃん、見かけによらずやりはるなぁ。」
「わしも、その男連中に混ぜてもらわんと。」
「ふふ、良いですよ〜。お客さん10人紹介してくれたら、混ぜてあげます。」
「はぁ〜、良い商売してはるねぇ。」
陽気な店内での談笑。
春の日差しの緩やかさ。
最初に思っていたほど、京の人たちは冷たいわけではなかったと分かったし、警戒心が解ければ懐にも入り込んでいけるようになった。
順風満帆な滑り出しだと思っていた。
そんな矢先だった。
突然、暖簾を潜って男が入ってきた。
「いらっしゃいませ。」
れいが笑顔で言うのに、男は見向きもせずに店内をジロジロと物色しはじめた。
「お客さん、先に一人予約が入っていますので、その後でよろしいですか?」
耳かきを済ませた男から金子を受け取りながら確認すると、また無視された。
「あの・・・、お客さん?」
暖簾を潜ったけれど、未だにそこに立って店内を見回しているだけの男を眺める。
丸い顔にそばかすをつけた、鼻の小さな男だった。どこかで見たような顔だったと思うけれど・・・。
背もそんなに高くない。骨組みも細いのか、華奢というよりは頼りない感じの男は、やっとれいを見ると片側の口角を上げて下卑た笑いを見せた。
「あんたはん、誰に断ってここで商売してはるん?」
「え?誰にって、幕府のお偉方ですけど・・・。」
幕府の誰に許可を貰ったかなんて知らないから、詳しいことまでは分からないけれど・・・。
急にケチをつけ始めた男を怪訝そうに見ながらも、素直に答える。
「はぁ、幕府て・・・、幕府て・・・!!ははっ、笑ろてまうわ。」
「・・・・・・。」
その言い方が癪に障って、思わず言い返しそうになったが、お客さんに腕を引かれて思いとどまった。
「あの、どちら様ですか?」
「俺の顔も知らへんとは・・・、これだから田舎者はあきまへんなぁ。」
「何ですか・・・。」
京の人々の中には、江戸の人間を田舎者と侮蔑する人も居る。
この男も、その手の人間のようだ。
「俺は、ここいら辺の地主や。」
「地主さん?地主さんには、きちんと挨拶させてもらいましたが?」
「俺は知らへんし。」
「知らへんて・・・、そりゃ、そうでしょう。私が挨拶したのは、お爺さん地主さんだったもの。」
思わずいつもの調子で切り替えしてしまったら、男は急に後ろを振り返って暖簾を力いっぱい引っ張った。
ゆわん、とたわんで、暖簾を吊るしている竹が跳ねる。そのまま、反動で少し飛ばされて、暖簾と共に地面に落ちる。
暖簾を吊るすだけの細い竹を折る力も無いらしい。
「何しやがる!!」
「・・・・・・。」
れいも、お客さんも、何もしていない。けれど、下手に何か言おうものなら、絶対に何かしでかす雰囲気を醸し出していた。
「とにかく!ここは営業停止どす。この暖簾は預こうておきます。返してほしかったら、うっとこまで出向いて・・・・・・、そうやな、2000両置いて行かはることやね。」
「に、2000両!!?」
正直、どこにそんなお金を持っている店があると言うのか!あったらとっくに大店として知られているはずである。
「そんな無茶な!!」
「無茶や思わはるんやったら、ここ、立ち退いてもらいやす。」
『ほな、お待ちしておりやす。』と言い残して、男は暖簾を持ったまま出て行った。
「あ、暖簾・・・。」
あまりの金額と、男の姿からは想像できないような無茶な要求とに呆然として、れいもお客さん二人も、止めることが出来なかった。






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