新選組が、鳥羽伏見で戦っていた頃・・・・・・。
江戸でれいも戦っていた。
父と・・・・・・。
年が明けて、久しぶりに賑やかなお正月を迎えていたれいに、父親が厳格に言い放った。
「三日後、お見合いをする。」
家の中の誰も聞いていなかったようで、しん、と一瞬で静かになった。
そんな中、れいが父を睨みつけて反論した。
「お父さん、お母さんが居ながら、お見合いって、どう言う事?公然と浮気ですか!?」
「ばか者が!!お前のお見合いに決まっているだろう!」
箸を食卓に叩きつけて、父が腰を浮かせて怒鳴るのを、耳を塞いで無視する。
「お父さん、なにもそんなに急いで話を進めなくても・・・。」
姉がやんわりと諭してくれるが、父の耳には届かない。
「いつまでもここに居させるわけにはいかない!お前は甘やかすと頭に乗るんだ!」
「甘やかしてもらった記憶なんて、全くありませんけど!?大体、私がいつ頭に乗ったの?奉公に出てからの私の事なんか知らないじゃない!一体何年前の話よ!」
「れいちゃんも、落ち着いてよ。」
姉がまた、やんわりと諭すが、これまたれいの耳には入らない。
れいが家に帰ってきてからというもの、父と言い争いをしない日は無い。
大体が父から火をつけるのだけれど、れい自身も父に火をつけるだけの原因がある。
「何で私をそんなに追い出したがるの?」
「この家が狭いからだと言っている。」
「だから、お正月が明けたら家を探しに行くって言ってるじゃない!」
「お前一人で何が出来るって言うんだ!さっさと嫁に行け!」
「行かない!嫁になんか行かない!!」
「れいちゃん、お嫁に行くの?」
「行かないよ。」
「行け!」
「お父さんとは喋ってない!かずと喋ってるの。」
甥っ子が、大分慣れてくれたようで、膝の上で食事をしている。
これまた可愛くて可愛くて仕方が無い。
自分に子供が居たら、状況は全然違っていただろうな・・・と思う。
けれど、そうしたら斎藤さんとは出会っていなかったのだろう・・・。
どっちが良かったのか・・・、結局分からない。
「じゃ、僕がお嫁さんにしてあげる〜。」
にっこりと笑って見上げてくる甥っ子を、ぎゅぅっと抱きしめる。
「本当に!?嬉しい〜!!」
「う〜ん、それはお母さんが困るなぁ・・・。」
姉が渋く唸る。
「お母さんをお嫁さんにしてあげるって言ってたじゃない・・・。」
「うん。お母さんが一番で、れいちゃんが二番のお嫁さんね!」
甥っ子がにこやかに告げると、姉とれいに挟まれて抱きしめられて、キャーと嬉しそうに笑う。
「まぁまぁ、お父さん。これだけ嫌がっているんだから、何か理由があるのよ。」
母が溜息混じりに言うと、父がまたもや食卓を叩き付けた。
「理由なんかどうでも良い!とにかく、三日後先方に会いに行くからな!もう既に良い返事はしているから、形だけの見合いだ。顔合わせしてもらえるだけ、有り難いと思え!」
「な、何でそんなことするのよ!嫁になんか行かないって言ってるでしょう!!」
「じゃ、その理由を今すぐここで言え!」
「お、夫が居ます!」
「死んだ夫の家から逃げ出しておいてか?そんな理屈が通るか!」
「それに、私は一人で暮らしていけるもの!京で既に実証済みです!」
「そんなのは許さん!」
「こっちだって、許さん!!」
二人の激しい言い合いの中、家族は至って平穏に正月を過ごしている。
二人の言い争いなど、ここ数日で日常と化した。
と言うか、昔からどうしても言い合いになってしまうのだ。
「全く、似たもの同士なんだから・・・。」
母が呆れるように、二人は似ているのかもしれない。
「とにかく、私は行かないよ。」
「親の言いつけを守れないとは、どういうことだ!」
「親の言いつけも守れないような娘を嫁に出そうなんて、どういう親だ!!」
「この・・・、減らず口ばかり叩きやがって!!」
「お父さんもれいもいい加減にして!お正月からこんな悪い雰囲気、味わいたくないでしょう!」
母が「ねぇ!」と義兄に話を振ると、人のよさそうな笑顔を少しだけ歪めて、「ねぇ・・・。」と返してくる。
この優しい義兄は、優しいがゆえに商売があまり上手ではなく、利益を上げるのが下手だ。一時は一家路頭に迷うところまで行きかけたが、実家で一緒に暮らすようになり、商売を姉が手伝うようになり、ようやく最近落ち着いてきたらしい。
それでも家を出ないのは、年老いてきた両親のためだと思う。
本当に、姉は良い人を夫にしたものだ。
自分も、優しい人に嫁いだはずだったのだが・・・・・・、優しすぎて気弱すぎた。
優しくて芯がしっかりしている人じゃなければいけないんだ!と悟ったが・・・、今度は身分が違いすぎた・・・。
「あ〜あ・・・、うちが身分の高い家だったらなぁ〜。」
「何、急に?」
れいの嘆きに、姉が興味深そうに聞いてくる。
「今までそんなこと気にしたこと無かったじゃない。」
「うん。そうなんだけど・・・。身分が高ければ、食べて寝て遊べる生活が出来るじゃない・・・。」
「馬鹿者が!身分が高くたって、身を粉にして働かなきゃいかん!」
れいの怠け発言に、父がまたもや口を挟む。
「先代の親父の頃は、うちだって立派な身分があったんだぞ!」
「何それ、そんなの聞いたこと無い。」
「飢饉だ、一揆だ、って、江戸中が貧しくなった頃にな、仕立て屋なんて贅沢だって言われて、身分を剥奪されて、豪華な家も没収されたんだと。」
「へぇ・・・・・・。」
その頃の身分があったら、斎藤さんに恥をかかせることなく妻になることが出来たのだろうか・・・。
飢饉や一揆が、憎くなる。
「お袋は、地主の娘でな。まぁ、地主って言ったって農家には違いないんだが。」
「ふぅん・・・。」
「りっぱな身分だろう。」
「・・・・・・なぁんだ。武家とか、名字帯刀が許された立派な家とかじゃないんだ。」
「地主だって、豪商だって、りっぱな身分だろうが!お前は何が言いたい!」
「別に・・・・・・。身を粉にして働くのは慣れてますから、気にしないで下さい。」
「だから、嫁に行けと言っているだろう!!」
「嫁に行くくらいなら、身を粉にして働きます!!」
斎藤さんに嫁げるくらいの身分じゃないなら意味が無い。
それなら、身分なんか無いのと同じだ。
「大体、それなら夫も元地主の息子です!」
「・・・・・・ああ、そうだったな・・・。」
「地主の子だからって、必死に働かなきゃいけないことは、分かってるよ。」
夫の父が、借金を作って、そとに女を作って、逃げた。
それで、義母が土地を売って借金を返済して、子供二人を立派に育て上げたのだ。
れいが奉公に上がった時は、まだ土地も少し残っていて、奉公人は自分以外にも居たが、どんどん苦しくなっていって、みんな去っていった。土地も無くなり、家と店だけが残った。
そんなものなのだ・・・。地主と言ったって、身分と言ったって、自分の手が届く範囲のものなんて、そんなものなのだ・・・・・・。
「ともかく、三日後、分かったな。」
「うん、分かった。分かった上で、行かないから!」
「お前は〜!!!」
話を聞いていた家族が、また結局そこに戻るのか・・・と、呆れた溜息を一斉に吐いた。






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