斎藤さんは、それから三日ほどれいの家に居たが、その後は行き先を告げずに出て行った。
きちんと見送ることが出来て、れいは幸せだと、そう思った。
「行って来ます。」ではなく、「帰ってくる。」と、そう告げて出て行った斎藤さんに、「ご無事で・・・。」と、それだけを搾り出して送り出した。
その翌日の深夜、突然家の中に刀を所持した男たちが押し入ってきた。
連日の斎藤さんからの愛の行為と、疲れ果てた心とで、すっかりと眠り込んでしまっていたれいは、引き起こされるまで気付くことが出来なかった。
「な、何ですか・・・?」
寝ぼけた頭で、状況を整理しようと頑張るが、どうしても上手くいかない。
「こいつ、まだ寝てやがる!」
自分の腕を持ち上げて身体を起こしている男が、呆れたように吐き捨てる。
「いい度胸してんじゃねぇか!」
自分の前にしゃがみ込んで、顎を掴まれる。
段々と覚醒してくる頭。そして、冷えてくる心・・・。
「何するんですか・・・。」
重い瞼を必死で押し開いて、相手を睨みつける。男の周りで、家の中を探し回っている人が数人居る。
その中に、一人だけやる気が無さそうにただ歩き回っているだけの人物を見つけて、気付かれないようにホッとする。
「斎藤はどこだ?」
「えぇ〜?」
「しらばっくれんじゃねぇ。お前が斎藤の女だってのはみんな知ってるんだ。」
何となく見覚えがある顔だとは思ったけれど・・・、大文字焼きを見に行った時に藤堂さんと話していた人たちだ。
ならば、斎藤さんと一緒に去っていったのも見られていたのだろう・・・。
「居ないですよ。」
「ここに来ただろう?」
「来た。で、居なくなった。」
素直に話してしまった方が良いと判断して、簡潔に言い放つ。
「居なくなった?」
「ええ。昨日、帰るって言って出て行きましたよ。」
「どこに行きやがった!?」
男が顎を掴む手の力を強めてくる。
顔を顰めて、痛みを堪える。
「屯所じゃないんですか?だって、帰るって言ってたもの。」
「こっちに帰ってきてねぇから、聞いてんだよ。」
「じゃ、知らないですよ。うちに来ない日の事なんて、どこで何をしているのか、全く知らないもの。」
男は、れいの瞳をしばらく見つめて、そして溜息を吐いて手を放した。
「本当に知らないらしいな。」
そりゃそうだ。斎藤さんは、いつだってれいに屯所での生活や隊務を教えてくれない。
彼はきっと、いつでもこういうことが起こり得ると知っていたのだろう。
「ここに来ていたって事は、もうここには来ないかもな・・・。」
「じゃ、他を当たるか?」
心なしか明るい声が家の中に響く。
藤堂さんだ・・・。
「しかし、ここも警戒しておいた方が・・・。」
「いやいや、はじめ君は警戒心が強いからさ、警戒されているだろう場所には戻って来ないと思うよ。」
「うむ・・・、そうか・・・。」
男が立ち上がり、他の人たちに目配せをする。
みんなが首を振って、斎藤さんが本当に居ないということを確認すると、外に向かって歩き出した。
「邪魔したな。」
そう言い残して、男たちが去っていく中、藤堂さんだけが少しだけ歩調を緩めて居残る。
「藤堂さん?」
「な、れいさん・・・。本当にはじめ君、どこに行ったのか知らない?」
「知らないんです、本当に・・・。でも・・・・・・。」
言うか言わないか、少しだけ迷う。それでも、藤堂さんには何となく伝えたほうが良いような気がして、口を開く。
「新選組に、はじめさんは戻ります。」
「マジかよ・・・・・・。」
言葉ほど、藤堂さんは驚いた様子が無かった。
「そんなに驚かないんですね。」
「いや、はじめ君が御陵衛士に来たほうが驚きだったし。」
「藤堂さんも・・・・・・、戻れると、思います。」
「いや、俺はさぁ〜・・・。」
藤堂さんが、顔を曇らせる。
まだ、色々と悩んでいるのだろう。
「藤堂さんの望むように、してください。はじめさんは、自分の望むようにしました。」
「俺の、望むように・・・か・・・。」
「はい。最後まで迷って良いと思います。そこまで迷って出した結論なら、例え後悔しても、納得出来ると思いますよ。」
「まぁ・・・な。」
頭の後ろで手を組んで、藤堂さんが扉へと歩き出す。
「でもさ、新選組と御陵衛士の行き来は禁止なんだよ。」
「近藤さんが、そんなに薄情な人だとは思えないんです・・・。試衛館時代からの仲間を、見捨てたりはしない人だと、私は思ってます。」
扉から去る間際に、藤堂さんが「有難う」と言った気がした。
扉を閉められて、一気に部屋の中に静寂が戻る。
途端に、ドッと心臓が鳴り出して、呼吸が荒くなる・・・。
斎藤さんの言葉を信じていたけれど、それと緊張するのとは違う・・・。
「怖かった・・・・・・。」
驚きと、恐怖と、踏み込まれても気付かない自分の鈍感さに呆れて、そのまま布団を被って身体を抱きしめた。
斎藤さんはいつだってこういう緊張感の中に居るのだ。
一人ではなく、仲間が居てくれているのが救いだ・・・。
けれど、今はどこかに一人で居るのかもしれない・・・。
どうか、斎藤さんが無事に新選組に戻れますように・・・・・・。
布団の中で手を握り締めて、斎藤さんの無事をひたすら祈りながら眠りについた。






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