昼食を食べた後、れいは仕事をして夕方から買い物に出かけた。 斎藤さんは家で待つと言い、一緒に行きたかったけれども我慢して家を出た。 八百屋で野菜を買い、魚屋で生魚を買う。 二人分の買い物が、こんなに心躍るなんて知らなかった。買い物はどちらかと言うと面倒で、すぐに残ったものを使って精進料理に走りがちだったけれども。 斎藤さんのために、きちんと力になる食事を作らなければ。 そう思った時、ふと疑問が浮かぶ。 斎藤さんは、連泊をすると言った。それは勿論良いけれど、今日は仕事に行く様子がみられなかった。 連休でも貰ったのだろうか・・・。 言葉が少ない斎藤さんだから、不要なことはなかなか言ってくれない。 非番の日や、早めに来れた日などは、斎藤さんはずっとれいと行動を共にしたがる傾向にある。 それが、今日は買い物にはついていかないと言う・・・・・・。 外に出たくない事情があるのだろうか。 そう言えば、斎藤さんが懐に仕舞っているあの風呂敷包み・・・。 手のひらに乗せられるほどの大きさにしては、重量がある。そして、転がった時の音・・・。金属がぶつかり合うような音だった。 あの大きさで、重量に、音・・・。 お給料でも貰ったのなら、言わないはずが無い。 あれはきっと、小判だ・・・。それも、結構な高額だと思う。 何故、斎藤さんがそんな物を、懐に隠し持っているのだろう・・・・・・。 考え事をしながら家へ急いでいると、前方から駆け寄ってくる人影が見えた。 立ち止まって伺っていると、藤堂さんが手を振って走ってくる。 「れいさん!」 「藤堂さん。こんばんは。」 「こんばんは!」 笑いかけてくる藤堂さんの顔が、どこか引きつっている。 彼は、感情が表に出てしまう。素直なのだろうけれど、隠し事には向かないな・・・と思う。 嫌な予感がする。 「ねぇ、はじめ君、そっちに行った?」 「はじめさんですか・・・?」 嫌な予感は、当たるものだと・・・。 「はじめさんが、どうかしたんですか?」 話を横にずらして誤魔化すと、藤堂さんが言葉に詰まる。 「いや・・・、居ないならいいんだけど・・・。」 「はじめさんに、何かあったんですか?」 藤堂さんの腕を掴むと、彼が怯む。 「いや、何も無いよ?」 「嘘です。何も無いなら、探したりしないし、わざわざ私に聞いたりしないでしょう。」 「いや、うん。でも、大丈夫だから。はじめ君は無事だから。」 「無事だからって、どういう意味ですか・・・?」 藤堂さんを睨みつけて問い詰めるけれど、そこは流石は元新選組幹部。そんなに簡単には喋ってはくれなかった。 「悪い、俺行かなきゃ!」 「藤堂さん!」 「あ、もしはじめ君がれいさんに会いに来たらさ、家から出ないように言ってくれる?」 「だから・・・、何で・・・?」 「うん。はじめ君は分かってるから、大丈夫!」 そう言うと、藤堂さんは手を上げて走り去ってしまう。 れいは家へと急いだ。斎藤さんに聞かなければ。聞かなければ・・・・・・。 気持ちが焦る。藤堂さんが探している。そして、家から出るなと言う。と言うことは、追われるような事になっていると言う事・・・? 家に駆け込むと、れいは斎藤さんを探して部屋に上がりこんだ。 斎藤さんは何事も無いように、刀の手入れをしている。 屯所で、こうして刀の手入れをしているのを見たことがある。それが、彼の日常だという事を知っている。そして、知っているだけに・・・、彼の日常が御陵衛士の屯所には無くなったことを悟る・・・・・・。 「お帰り。」 斎藤さんが刀を鞘に納めて、身体ごと振り向いてくれる。 その身体に縋りついて、懐から風呂敷包みを取り出す。 斎藤さんは、溜息を吐いて静かに、されるがままになっている。 風呂敷を解くと、そこから数十両分の小判が出てくる。 「はじめさん・・・・・・。」 風呂敷を持つ手が震えて、小判が数枚転がり落ちる。 斎藤さんは、何でもないような静かな表情でれいを包み込んだ。 「平助に聞いたのか?」 斎藤さんに抱かれて、その肩に額を乗せる。 「さっき・・・、藤堂さんに会いました。はじめさんを探してるって・・・・・・。」 「そうか。」 「ここに来たら、外に出ないようにって・・・・・・、ね、一体何したんですか?」 斎藤さんの着物を握り締めると、斎藤さんが抱きしめる力を強めてくれる。 「数日したら、ここを出る。」 「何故?ここから出ないようにって、藤堂さんも・・・。」 ここを出ないように言ったのが例え藤堂さんでも・・・、ここに居ると確信したら狙ってくる可能性がある・・・と言うことなのだろうか・・・。 「帰っ・・・・・・いえ、何でもないです・・・。」 帰ってきますか・・・? そんなこと、聞けるわけ無い。 御陵衛士から脱した斎藤さんが行く場所は、新選組だ・・・。 そうしたら、自分はここから立ち去る。逃げる。現実と戦うことをせずに、逃げるのだから。 帰って来た時に・・・、自分は居ないかもしれないのだから・・・。 「れいは、聡いな。」 「なにがですか?」 「お前が考えているように、俺は新選組に帰るだろう。無事に、あの屯所に帰る。」 「・・・・・・はい。」 「だから、お前の元にも無事に帰ってくる。」 斎藤さんの優しい言葉に、胸が苦しくなる。目が熱くなって、涙が溢れてくる。 「約束した。お前より先に死なないと。」 「はい・・・。」 少しでも笑顔を覚えていて欲しくて、涙でくしゃくしゃになった顔を笑顔の形に作り上げる。 「もし、ここが襲撃されたら危険だ。感づかれる前には出て行く。行き先は副長が考えてくれている。」 「はい。」 「女しか居なければ、何事も無く終わるだろう。平助も助けてくれる。」 「はい。」 「だから、お前は安心して待っていてくれればいい。」 「・・・・・・はい。」 涙を拭って、もう一度きちんと笑顔を向ける。 そして、落とした小判を風呂敷に包むと、斎藤さんに返す。 「これ、奪って逃げたんですね。新選組に帰るために。」 「ああ。」 「いい考えです、きっと。」 斎藤さんが、包みを懐へとしまう。 れいは買ってきた荷物を持ち上げて、斎藤さんに見せる。 「今日は、生魚を焼きます。いつもは干物だったでしょう?ちょっと奮発しちゃいますよ。」 「手伝おう。」 「ふふっ、有難うございます。」 れいが立ち上がると、斎藤さんも立ち上がって後ろからついてくる。 振り返って、斎藤さんを見上げると、頬に残った雫を優しく拭ってくれる。 「ね、はじめさん。」 その手に自分の手を重ねて、二呼吸おいてから、そっと囁く。 「ここを出て行くまで、毎晩・・・・・・、愛の証、いっぱい下さいね。」 途端に顔を真っ赤に染め上げて、頷いてくれる斎藤さんを、目に焼き付ける。 恨まれても、仕方ない。 けれど、それが自分への罰だから・・・。 だから、自分だけは、いつまでもいつまでも、斎藤さんを愛し続ける。 夫には立てられなかった永遠の誓いを、自分に刻み付けるように・・・。
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