家へと向かう道は、やはりいつもよりも人通りが賑やかで、明るかった。
大文字焼きは見れなかったけれど、お祭りを二人で味わっているような、そんな気分になれて、心がじんわりと暖かくなった。
手を繋ぎ、斎藤さんの腕にわざと抱きついて、寄りかかるようにして歩いてみると、斎藤さんが少しだけ身体を固くして、頬を染めて見下ろしてくる。
「駄目?」
「・・・いや・・・。」
わざと、可愛い子ぶって聞いてみると、斎藤さんがいつもの微笑を返してくれた。
途中で、斎藤さんがお店でお団子を買ってくれる。この日はいつもよりも遅くまでお店が開いているようだった。
買ってくれたお団子を頬張りながら歩く。
斎藤さんは要らないと言って買わなかった。だから、自分が食べているお団子の串をそっと口元へ持っていって、食べるように言ってみた。
最初は断られたけれど、それでも言い募ると、おずおずと食らいつく。
その時も、頬が赤く染まって、少しだけ目が泳いでいた。
そんな斎藤さんが、とても可愛く見えて、抱きしめる腕に更に力を込めた。
「れい・・・。」
「はい?」
赤くなっている斎藤さんが、困ったように呟く。
「胸が・・・当たる・・・。」
眉尻を下げて訴えてくる斎藤さんに思わず噴出す。
「そうですよ、わざとですもん!」
満面の笑顔で返すと、斎藤さんが空いている手でれいの頭を撫でる。
「何?」
「そういう笑顔で、毎日居て欲しい・・・。」
「笑顔、ですよ?」
「先ほどの、悲痛な笑顔は・・・、心が痛む・・・。もう、させない。」
「はじめさん?」
「泣いてくれたほうがましだ・・・。本当に、すまなかった・・・。」
「・・・・・・。」
優しく言われて、思わず涙腺が緩む。
けれど、今は泣きたくなかった。この幸せな気持ちを涙で邪魔したくなかった・・・。
そっと首を振って、斎藤さんの腕に頭も預けて、ゆっくりと歩く。
家に帰り着くと、れいは家の中から油と少量の藁を持ち出して、道に少しだけ垂らした。
「れい?」
斎藤さんが不思議そうにする横で、持ってきた火打石で油に火を灯す。
その火の上に、藁を置くと、藁に火が燃え移って、「大」の字になる。
「ほら、大文字焼き。」
しゃがみ込んでそれを見つめるれいの横に、斎藤さんもしゃがみ込む。
「大きいのは見れなかったけれど、私はこの小さいので満足です。斎藤さんが、初めて仕事よりも私を優先してくれた、良い記念日、良い思い出です。」
一緒に小さく燃え上がる「大」の字を見て、ゆっくりと思いを告げる。
「斎藤さん、大好きです。」
「俺もだ。」
斎藤さんが、れいの手を握ってくれる。それをギュッと握り返すと、斎藤さんの顔を見つめる。
揺れる炎の陽炎が、斎藤さんの顔を橙色に染め上げて、チラチラと表情を変える。
「新選組に戻ったら、休息所を持てるよう、願い出てみるつもりだ。」
「・・・・・・はじめ・・・さん・・・?」
「そこに、一緒に住もう。」
この幸せな時間が、後どれくらい続くのかと思っていた・・・・・・。
それが、後どれくらいで終わるのか・・・と、終わりを数える日々が始まるのか・・・。
「土方さんと、近藤さんが許可してくれたら・・・でしょう?」
心臓の音がする。自分の声すら、まともに聞こえないくらいにバクバクと鳴っている。
「ああ。しかし、幹部には許されている。」
「でも、はじめさんは、屯所にとっても必要な人なのだから・・・。」
「そうなのか?しかし、近藤さんも持っている。」
「・・・・・・。ただの女を囲う家なんて、許可されないですよ。」
駄目・・・、駄目なのだ・・・。
こんな、自分から終わりを聞きだすようなことを言ってはいけないのに・・・。
「ならば、少し早くなってしまうが、お前を妻に迎えたい。」
嬉しい・・・。とても嬉しい言葉のはずなのに・・・・・・、胸が苦しくて、耳がドクドクではなくガンガンと鳴り始める。
笑ったままの顔が、まるで能面のように感覚が無くなる。
「妻・・・?」
「ああ。本当は、幕府の情勢がもっと落ち着いてからと思っていたが・・・。」
「気が、早いですよ・・・。まだ、許可も貰ってないのに・・・。」
ここで、言うべきか、言わざるべきか・・・・・・。
言ったほうが、きっと、斎藤さんのためにはなる。けれど、言ってしまうと何かが壊れてしまうようで、・・・・・・怖かった。
このまま、綺麗なままで、終わりを告げる方が、この先の彼のためになる・・・。
未練を残させない方法は、きっとこっちだから・・・・・・。
だから、斎藤さん・・・・・・。
愛しい人に、最大の嘘を吐いてしまう私を、絶対に許さないで下さい・・・。
あなたを傷つけて、私のことを憎んで、忘れて下さいね。
「む、そうか・・・。ならば、許可を貰ってから、改めて言う。」
「はい。待ってますね。」
斎藤さんが、そっと顔を近づけてくる。れいは目を閉じてそれを迎え入れて、唇に触れる暖かな感触を味わう。
そうしている間に、小さな「大」の字の明かりが消えていく。
二人の間にあった幸せな日々が消えていくように・・・。
「はじめさん・・・。」
「ん?」
「もし、許可されなくても・・・、これだけは言っておきます。」
「何だ?」
「私は、いつだって、どこにいたって、どんな状況だって、はじめさんの事が好きで好きで好きで、大好きで、愛してるって・・・。」
「ああ。俺も愛している。」
斎藤さんが、再び口付けをくれる。
その言葉の中に込められた意味がまるで違うことを、知らないままで・・・。
斎藤さんが新選組に戻るまで・・・・・・。
見えない日々、時間切れが近づいてきている・・・・・・。





それから数ヵ月後、幕府は朝廷に大政奉還をする。
朝廷から長州に倒幕の密勅が下り、いよいよ幕府は倒される側へと変わっていく。
自分たちの運命が、追われる側へと変わっていくことを、この時はまだ誰も知らない・・・。






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