藤堂さんが、そんな斎藤さんの様子を見て、更に言葉を続ける。
「れいさんってさ、いつも一人で頑張ろうとするって言うかさ、あんまり人に頼ったりする印象が無いんだよね。我侭も聞いたことが無いし。でも、自分では出来ないと判断するときちんと人にお願いしたりするけど、それって頼るとか我侭だとかとは違う気がするんだよね・・・。」
「平助・・・。」
「だからさ、そういう人って、実は凄く我慢しているんじゃないかって・・・思って・・・。」
頭を掻きながら、つっかえつっかえ紡ぎだす藤堂さんの言葉は、斎藤さんの胸に響いた。
れいは唇を噛み締めて、斎藤さんが握っている自分の両手を見つめている。
「今日、れいさん何も食べてなかったから、貧血を起こしちゃったって、言ってた。ご飯を作る体力も無いのに、ここには来たってことじゃないの?」
藤堂さんの言葉に、れいは少しだけ笑って首を振った。
「違う。ご飯のこと、忘れてただけ・・・。お腹空かなかったから・・・。」
斎藤さんの手の力が緩む。けれど、れいはもう無理やり引き剥がそうとはしなかった。
「体力も、昼過ぎには戻ったもの。元々暑い夏に弱いの。知ってるでしょう?夏はよく貧血を起こすって・・・。だから、今日もたまたまです・・・。斎藤さんのせいにしてごめんなさい。私の不注意です・・・・・・。」
「れい・・・。」
「れいさん?」
また、自分は諦めようとしているのかもしれない・・・。何だか、色々とどうでも良くなってきてしまった。こうして無事に斎藤さんに会えたのだから、この人ごみの中の奇跡に感謝をしなければ。
なら、大文字焼きを見なくても、もう十分なのだ。
どこか意地になっていた部分が、解放されてすっきりした。
それに、斎藤さんが自分のことで誰かに何かを言われている姿は見たくない・・・・・・。
「道さえ分かれば一人で帰れます。斎藤さんも藤堂さんも、隊務なのでしょう?頑張って来てくださいね。」
斎藤さんを見上げて微笑み、手を引き抜くと、するりと抜けた。
斎藤さんの目が、見開かれている。
「どう行けば帰れるのかな?あっち?そっち?」
右や左を指差しながら二人に問いかけると、藤堂さんが斎藤さんに視線を向ける。
「平助、後は頼めるか?」
「はじめ君?」
「送ってくる・・・。」
斎藤さんの言葉に、藤堂さんは嬉しそうな笑顔で力強く頷いた。
「もっちろんだよ!みんなには上手く言っておくからさ!次の集合時間までに帰ってくれば問題ないって!」
「ああ。頼む。」
れいは驚いて斎藤さんの顔を見上げた。
斎藤さんがれいの手をしっかりと握り、指を絡めてくる。
「行くぞ。」
「え?で、でも・・・!」
「隊務よりも、こっちの方が重要だ。」
「いや、全然重要じゃないですよ!藤堂さんも、何とか言ってください!」
「れいさん、はじめ君、気をつけてね!」
藤堂さんが手を振ると、斎藤さんが小さく頷いてさっさと歩き出す。
れいは斎藤さんに引っ張られながら、藤堂さんを呆然と見つめる。
そんな簡単に、隊務をサボっていいのだろうか?斎藤さんだけじゃなく、藤堂さんだって許されないだろう・・・。
「斎藤さん、隊務に戻ってください!サボったのがバレたりしたら・・・、どうなるか・・・!」
「大丈夫だ。新選組では無い。多少融通がきく。」
「それでも・・・・・・。」
斎藤さんに引っ張られ、人の合間をすり抜けながら話しかける。
「いつからだ・・・?」
「へ?」
急に話題を変えられ、何のことか分からずに間抜けに問い返してしまった。
いつからだ・・・?とは、何のことだろうか?
「いつから、俺の前でも泣かなくなった・・・?」
「な、何がですか?」
「俺の前でも、お前はいつも我慢していたのか?」
「だから、何を?」
「色々だ。」
「色々って言われても・・・。」
急に言われて、頭が混乱する。
我慢していた、と言われれば、そんなものはいつだって我慢している。
毎日だって会いたいのに、一月に二、三度しか会えない。新選組の頃よりも増えたけれど、全然足りない。
それに、いずれは新選組に戻り、また会えない生活に戻るのだ。我慢なんて、既に日常だ。
「斎藤さんだって、私に会えない日は我慢しているのでしょう?」
「・・・ああ。」
「なら、一緒です。それに、今までもずっと我慢していたのだから、今急にじゃないです。」
「そうだが、違う・・・。」
「違うって・・・。」
よく分からない・・・。
歩調は緩いものの、人とすれ違うのがやっとのこの場所で、お互いにしっかりと向かい合って話をするのがとても難しい。
斎藤さんは小さな小路を抜けて、人が少ない道に出ると、振り向いてれいを腕の中に収めた。
「斎藤さん?」
「斎藤さんではない・・・。」
少しだけ拗ねたような響きを含ませて囁く斎藤さんに、愛しさがこみ上げてくる。
結局、大きな催し物を一緒に見ることがしたい訳ではないのだ・・・。二人で、共同で、何かをしたかったのだ・・・。どこかに行きたかったのだ・・・。
だから、こんな結果であろうと、こうして二人で居られることが一番なのだ。
近づいてくる最後の予感に臆病になって、大事なことを忘れてしまっていたのかもしれない・・・。
「はじめさん・・・・・・。」
「すまない、お前に我慢ばかりさせている。」
「我慢、してないです。欲張りになってしまったのがいけないんです。新選組に居たときよりも会える様になって、思わず欲が出ちゃったんですね、きっと・・・。」
「れい・・・。」
斎藤さんがれいを抱く腕に力を込める。
この腕の温もりを、ずっと大事に覚えていたい。だから、いつでも強く抱きしめていて欲しい。
「はじめさん、約束破って、しかも嘘をついてごめんなさい・・・。」
「そんなに、大文字焼きが見たかったのか?」
「いいえ、はじめさんと、何か特別な事をしたかったんです。」
「特別な事?」
「日常では出来ない、家では出来ない、特別な事・・・。」
「思い出が欲しいと言っていたが・・・・・・。」
「・・・・・・はい。」
「思い出なら、これからいくらでも作れる。だから、今日は体調が万全ではない、家に帰ろう。」
「・・・・・・はい。」






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