「このお客はんどす。何とかならへんやろか?」
少し遠くで店主の声が聞こえてくる。
れいを確認して、小走りに近寄って来る足音がして、ぱたりと自分の前で止まる。
「れいさん!?」
何やら、自分を知っているらしい。と言うか、聞いた事がある声…?
うつ伏せになり、身体を起こそうと頑張るが、未だに世界が回っている。何とか顔だけを向けて、薄っすらと目を開けて見る。
「うわぁ、顔真っ青じゃん!大丈夫なのか?」
「藤堂さん?大丈夫…。すぐ、戻るから…。」
「なんや、お知り合いやったん?ほな、もう安心どすなぁ。」
店主の声に、一気に明るい色が混じる。
その奥から、女性が声をかけて来る。
「安心やおへん。まだ真っ青やないどすか。起き上がらんで、寝てて良えよ。起きれる様なったら、温かいもん、持って来るえ。」
店主の奥さんらしい。店主が一気に小さくなって、そそと逃げて行く。
「全く、金にならん客や思うて、さっさと追い出したい思うてはるんは、お見通し!そない客でも、大事にせんとあかんえ!!」
「はいなはいな!」
そんな会話を聞いて、安心してれいは力を抜いた。畳に突っ伏して、グッタリとする。
「なんや、うつ伏せやと苦しいやろ?仰向けておあげ。」
「へ?あ、はい。」
藤堂さんがビックリしてから、恐る恐るれいに触れて仰向けてくれる。
「それと、あんまり身体締め付けるんも、いけんのどす。帯や胸元、寛げておあげ。」
「お、俺が!?」
「なんや、あんたはん、連れ合いや無かったん?」
「お、俺は、知り合い程度…だけど。」
「すいません、女将さん、藤堂さん…、迷惑かけて。」
「女将さんやなんて!そんな大層なもんやないて。安心しぃ。」
「はい・・・。」
女将さんが、そう言って近づいてくると、少しだけ帯を緩めてくれる。
呼吸も楽になり、ゆっくりと身体の力を抜くと、段々と血流が戻ってくるのが分かる。
「れいさん、一人で来たの?」
女将さんが去ると、藤堂さんが話しかけてきた。
「一人ですよぉ〜。」
「何で?その・・・、新選組の人とか・・・は?」
「今、もう関わってないから・・・。」
そう返すと、藤堂さんの顔が一気に暗くなった。
「そっか、はじめ君の彼女なら、そうなるか・・・。」
そう呟いてから、気分を変えたのか、いつもの笑顔に戻る。
「じゃ、はじめ君と待ち合わせとかしてたのか?」
「してない。勝手に来ただけ〜。」
「勝手に・・・?よくはじめ君が許したね!」
「いやぁ、許されてない・・・。だから、勝手に来たの。」
「え〜、そりゃ、まずいんじゃないの?」
「だから・・・・・・、こんな状態は知られたらまずいの・・・。黙っててね・・・。」
藤堂さんの手を握って力を込めると、藤堂さんが難しそうな顔をする。
「俺、黙ってられるかなぁ〜・・・。」
「黙っててね。」
だって、はじめ君はれいさんのこととなると、本当に怖いし・・・・・・。
藤堂さんは心の中でぼやいて、頷いた。
れいは大分状態が落ち着いたので、ゆっくりと起き上がった。
目が回る感覚が落ち着いて、周りがはっきり見える。
先ほど、この店に連れてきてくれた髪の色が薄い青年を思い出す。
かなり迷惑をかけて申し訳ないこともしたのに、お礼も謝ることも出来なかった・・・。
「あら、もう大丈夫なん?」
女将さんが声をかけてくれる。
れいは頷いて、改めてお礼を言った。
「本当に、有難うございます。助かりました。」
「ええて。ほんなら、お善哉持って来よか?」
「いえ、大丈夫です。」
「遠慮なんてするもんやおへん。うちかて、商売する気満々で言うてるんどす。」
女将さんが悪戯っぽく笑って、さっさと店の奥に入ってしまう。
れいは藤堂さんを見て、改めてお礼を言う。
「藤堂さん、有難うございます。もう大丈夫だから。巡察中でしょ?もう行って。」
「でも、れいさんほおっておけないし…。」
「大丈夫!もう、元気!」
両手を振り回して元気を訴えるけど、藤堂さんは首を振って反対する。
「やっぱ、一緒に居るよ。」
「藤堂さん…。」
さっきの暗い顔の後から、何だか元気な藤堂さんが元気じゃ無い様な気がして、れいは心配になった。
何か声をかけようとして、何ていったらいいかを悩む。
そこに、ちょうど女将さんが善哉を持って来てくれた。
「さ、これ食べて力をつけはって、元気にお家まで帰りや。」
「有難うございます。」
暖かい善哉を口に含むと、小豆の上品な甘さが口の中に広がって、幸せな気分になる。
「美味しいー!」
嬉しそうに食べるれいを見て、女将さんが安心した様に笑うと、去っていった。
れいは女将さんが去って行くと、改めて藤堂さんに質問をしてみた。
「藤堂さんは、どうして御陵衛士になったの?」
「んあ?何だよいきなり…。」
「だって、不思議で…。」
斎藤さんみたいに、密命を受けては居ないと思う。
藤堂さんは、どうしても思ったことが顔に出てしまうから、隠密には向いていない。
ならば、自分の意志だと言うことになる。
仲がいい新選組を一人抜けてまで、何を求めて居たのだろう…。
黙ったままの藤堂さんに、少しだけ聞いてみたくなった。
「戻りたいって、思う?」
「はあ!?そんなの、戻れるわけねーじゃん!」
「戻れるとしたら…どう?」
「戻れるとしたら…?」
藤堂さんが、真剣に悩み始める。
悩んでいる間、ゆっくりと善哉を食べて居たのだけれど、
食べ終わってしまっても藤堂さんは悩んでいた。
「そんなに悩む程の質問だった?」
「だって、大見得きって出て来たわけだしさ…、今更…。」
「恥とか、意地とか、体面とか、全て抜いた素直な心は、何て言ってるの?」
「戻れるなら戻りたい…。でもさ、新選組が今のままじゃ戻っても同じなんだよ。どっちをとっても、今の俺じゃ後悔する…。」
「そっかぁ…。後悔か…。」
藤堂さんの気持ちも、何となくだけど理解出来る。
どちらも正解で、間違いなんて無い問題なのだ。
「後悔、したら良いじゃない。」
「え?」
「後悔出来るだけ、幸せなんだよ。死んじゃったら、後悔も出来ない。」
「れいさん…。」
「で、周りに後悔させるの。自分は考えることが出来ない場所に逃げておいてね…。」
藤堂さんが言葉を詰まらせる。
多分、気を遣ってくれているのだろうけれど、れいにとってはもう過去の話で、自分の教訓だ。そんな顔をして貰いたかったわけじゃ無いのだけれど…。
「だから、間違っても良いって事。どっちかしかない選択肢なら、どっちを選んでも後悔するの。死なない限り、後悔は続くの。それは実はね、生きてるって証拠で、贅沢な事なのかもしれないんだよ。」
「…。」
「なんてね!そんなの、誰にも分からないって!ね!」
バシッと、藤堂さんの背中を叩くと、藤堂さんが顔をしかめた。
「れいさん、元気になったねー…。」
「うん!元気になった!朝から何も食べてなかったから、貧血起こしたんですよ。だから、食べて元気出た。」
元気に笑うれいを見て、藤堂さんもやっと納得してくれたようで、店を出る事になった。






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