「うぅ・・・、容赦ないなぁ・・・。」 昼過ぎにようやく重たい身体を起こして、れいは溜息を吐いた。 腰が、足が、腹筋が、小刻みに震える程に辛い・・・。 立ち上がろうとして、自分が未だに何も纏っていないことに気がついた。 着物に袖を通す動作すらが辛いなんて、斎藤さんは本当に自分を大文字焼きを見に行かせたくないらしい。 最近は、前よりも会えるようになったから、一回の激しさが落ち着いていたのに・・・。 もしかしたら、会えるようになったからではなく、本当に永倉さんに言われたから抑えてくれていただけだったり・・・。 そう考えて、恐ろしくて思わず身震いする。 これじゃぁ、本当に身がもたない・・・。終わりが来る前に、自分が終わりそうだ・・・。 けれど、今日の問題はそこじゃない。 今は、やっと日が落ちてきた頃だ。このままゆっくり休んでいれば、夕方には動けるようになるだろう。 大文字焼きの本番は夜なのだから、行ける。 グッと拳を握って、熱い闘志を燃やす。 こんな小さな事にこだわるのは、下らないと分かっているけれど、それでも止められない。 そのまま、布団にごろごろと寝転がりながら、夕方になるのを待っていた。 身体は楽になった。 後は、大文字焼きを見る。 否。 斎藤さんを見つける! れいは家を出て、人ごみに向かって歩き始めた。 しかし、すぐに自分の考えの甘さを知る・・・。 「何・・・、この人ごみ・・・。」 どの道も、人が大勢居る。そして、歩きづらい、更には自分の身長では、誰かを見つけることなど出来ないほどに視界が悪い。 「え〜・・・、こんなに凄かったんだ・・・。」 一気に気分が落ち込む。 大文字焼きなど、今まで見たことが無かったのだ。だから、この人ごみを知らなかった。そして、ここまで歩いてきて、段々と疲れてきてしまっていた。 そんなに歩いたわけではないのに・・・、昨晩から早朝にかけての激しい運動のせいだ・・・と思う。 どこかの店に入ろうにも、満席で無理だと言われる。人の波に押されて、自分の意志で道を決めることが出来ずに、どこに居るのかすら分からなくなってしまっていた。 そんな時に、ふとある光景が目に入ってきた。 他の人よりも背が高いのかもしれない。色だけでも目立つ頭が、みんなの頭の上に見える。その人の髪は、普通の人よりも全然薄かった。 けれど、それが白髪ではないことは簡単に分かる。白くは無いのだ。 「南蛮人・・・?」 南蛮人なのかもしれない・・・。これは、近くで見る絶好の機会だ!髪の毛を扱う者として、いろんな色の髪の毛を研究するのは良い事だ! れいの頭は一気に薄茶色に切り替わった。 今まで、人ごみで気持ちが落ち込んでいたのに、元気を取り戻して、周りを押しのけてその髪の人物に近づいた。 その人物は、白い着物を粋に着こなし、悠然と人ごみを歩いている。 何故か、その人は真っ直ぐに歩いているように見える。周りが避けていくのかもしれない・・・。南蛮人だから・・・? 顔が見れないのがとても残念でならない。 髪質は硬いのかもしれない。ツンと尖って見える髪、見た目は柔らかいのに、芯がとてもしっかりとしている。色と髪の細さは関係が無いのかもしれないと思ったとき、その髪がぼやけ始めた。 急に目の前が回り始めて、冷や汗が流れ始める。 「おい、お前・・・。何故俺をつける?」 前の男が立ち止まり、うっそりと呟きながら後ろを振り向く。 その男の顔が、想像していた南蛮人と違い、整っていて凄みが有るけれど、確かに日本人だと確信しながら、れいは男の手を無意識に握り締めながら座り込んだ。 「おい?」 目が回る・・・。暑い夏には元々弱いのだけれど、無理な運動と・・・・・・、そう言えば、朝から何も食べていなかった・・・。 「あ、すいません・・・・・・。」 どうにかしてそれだけ言うと、腕を掴んで辛うじて起こしていた上体も倒れていく。 力が入らない。 男が、舌打ちして腕を振り払うと、れいの腕がボタリと下へ落ちる。 このまま、きっと道端に一人で倒れていることになるのだろう・・・。そう思った時、自分の身体がふわりと浮いた気がした。 目を開けようとするのだけれど、瞼が鉛のように重い。 「おい、お前、連れは?」 居ない・・・と言おうとするが、呼吸音がするだけだ。 何とか腕を持ち上げて、男の裾を掴む。 「ちっ・・・。捨て置くか・・・。」 男が冷徹に言い放つ。 それでも良いか・・・と、半ば諦め状態になる。 このまま、知らない場所へと連れ去られてしまっても仕方が無い状況だ。ならば、ここに置いておかれたほうがそのうちに自分で動けるくらいには回復するだろう。 それでも・・・・・・、斎藤さんは心配するだろう。いつも、いつでも、自分は心配ばかりかけて、何かを与えることが出来ない。何も出来ない・・・。 「ごめ・・・なさい・・・・・・。」 れいが呟くと、再び舌打ちの音が聞こえてきて、身体が揺れだす。 どこかに移動しているのかもしれない。 少しだけ、喧騒が戻ってくる。いや、近づいているのかもしれない。 「おい、店主。この女を少し休ませてやってくれ。」 「は、しかし、今は満席で・・・。」 「端っこで構わない。具合が悪いそうだ。」 「それは難儀どしたなぁ。端っこでようおしたら・・・。」 店主が案内してくれたのだろう、再び身体が揺れて、その後どこかに降ろされたようだ。 「悪いが俺は行く。」 「へ?お連れはんやないんどすか?」 「道で突然倒れた。それだけだ。」 「・・・・・・、それは、お客はん・・・。」 男の言葉に、店主が不機嫌そうな声になる。倒れた女を一人で置いておかれるのは困るのだろう。何とか起き上がって、去らなければ迷惑をかけてしまう。そう思うのだけれど、未だに身体の力が入らない・・・。 「ああ、なら、あの男を呼べ。新選組だ。あの集団は人助けが趣味らしいからな。」 嘲り笑ってから、男が店主に別れを告げる。 「新選組やて!?そんなん、えらい目ぇに合わされへんかなぁ・・・。」 男が去る足音と店主の呟きが聞こえてくる。 新選組・・・・・・。それは、助かったと言えるのか、言えないのか、微妙なところだ。 新選組と言えど、全ての人が親切なわけではないことは聞いて知っている。それに、関わらないと決めたのに、こんなにすぐに迷惑をかけるなんて・・・・・・。 重たい身体を一生懸命に持ち上げようとする。しかし、寝返りを打った所で、店主が呼んできたのか、足音が二人分近づいてきてしまった。
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