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土方さんがそれを見て顔を背ける。
土方さんの大きな背中を見ながら、れいはもう一度笑った。
「土方さんて、自分の過ちを素直に認められる人なんですね。もっと意地っ張りで我が侭で強引な人かと思っていました。」
切りかけの髪の毛を掴み、作業を再開する。指に巻かれた布が少し邪魔だけれど、修行時代は毎日指に布が巻かれていた。それを思えば一本くらい巻かれていようと問題にならない。
「褒められている気がしないが・・・。」
「そうですか?出会いが最悪だったんだから、これはすごい褒め言葉ですよ。」
れいの言葉に、土方さんはどう反応して良いのか分からなかったらしい。頭を掻こうとして、途中で手を下ろす。髪の毛を切っているのに頭なんか掻いたら、毛先を整えるどころか今以上に乱れるか、またれいの指を傷つけるだけだ。
「お前は・・・、あれだな。」
「あれって何ですか?」
「人のやっちまった事をすんなり受け入れるな。」
「・・・・・・?どういう意味ですか?」
後ろ髪を切り終えて、前に回る。前髪を切るために目を瞑ってもらうが、その前に一度じっくりと眺められた気がした。
「前髪、長いほうが良いんですか?」
「ああ。」
「邪魔じゃないですか?」
「まぁ・・・、邪魔だ。」
「じゃ、何で?」
「・・・・・・短くすると、若く見えちまって威厳が出ないんだよ。」
左右に分けられている前髪を顔の前に下ろして、しっかりと長さをそろえて切り始める。
邪魔なときは耳に掛けられるほどの長さだと、鼻の頭くらいだろうか。
今は顎の辺りまで伸びている。
「前髪があると若く見えるものですよ。若く見せたいのかと思ってました。」
「違う。」
「ああ、少し喋らないでくださいね。口元を切りますから。」
自分で喋らせておいて・・・。
れいは自分で自分に突っ込みを入れる。
サッと切り終えると、顔についた毛を払ってあげる。
そして、後ろに回ると、髪の毛をまとめて結いだした。
「前髪、邪魔じゃないですか?」
「ああ、大分良くなった。」
「耳に掛けられる長さは残してありますから。」
「ああ。」
髪の毛を思い切り引っ張って、来た時よりも高い位置で結う。
「少し、吊りすぎですか?」
「いや、別に良い。」
「じゃ、これで。」
れいは、結い終えた髪を少しだけ触って、程よい堅さとコシのある髪を堪能すると、肩に掛けていた布を取り、着物や首についた髪の毛を払っていく。
その髪を一箇所に纏めると、土方さんの元へと戻り、正座をした。
「じゃ、耳かきです。」
「ああ。」
「どうぞ。」
「・・・・・・は?」
両手を開いて、自分の膝の上に招きいれようとするれいに向かって、土方さんは思い切り眉間に皺を刻んで睨み付ける。
「耳かきですよ。横になってもらわないと見えないじゃないですか。」
「ああ、まぁ・・・そうだが・・・。」
両手を胸の前で組んで、おずおずとれいの膝の上に頭を乗せる。
顔をれいの体とは逆に向けて寝転がる。腕は組んだままで、緊張しているのが分かる。
「色男の土方さんは、女性に膝枕をしてもらったことが無いんですか?」
「んなわけあるか!」
「じゃ、何でそんなに堅いんです?これでも江戸では、耳かきだけで商売が出来るって噂されるほどだったんですよ。」
女の膝枕に縁がない連中が列を成してれいの元へ通い詰める様子が、土方さんの目に浮かぶ。
「そいつは随分と、不憫な男たちだな。」
「どういう意味ですか?」
「お前なんかで我慢しなきゃならないほど、飢えてたってことだろう?」
「ああ・・・・・・、そうですね。」
本当に、嫌味を言わせたら天下一品なのではないだろうか、この男は・・・。
少し奥まで突いてやろうか・・・。
思わずそう思って手に力が入るが、それだけは止めておいた。お客さんとして来てくれた人に対して失礼だろう。
片側を終えると、今度は反対側。
「土方さん、終わりましたから逆を向いてください。」
「ああ。」
先ほどはあんなに戸惑っていたのに、さすがは色男。女慣れしているのか、今度は体に顔を向けても戸惑いは感じられない。
慣れていない人たちは、これだけで赤面したりするものだ。
「やっぱり、慣れてますね、膝枕。」
「そりゃ、お前の客とは違うからな。」
「じゃ、何でさっきは堅かったんですか?」
「髪結い処の耳かきを、こんな格好でしたことが無かったんだよ。男が多かったしな。」
「・・・ま、そういうことにしておきましょうか。」
真実なんかどうでも良い。この言葉の応酬が、何となく楽しくなってきていた。
ポンポン言い合える相手が居るのは、今のれいにとってはとても有り難いことだった。
京に来てから一月、ずと一人で頑張ってきた。
こんなに喋ったのは、あの皆との宴以来だった。
「痛くないですか?」
「ああ。」
確認を一度すると、れいは仕事が出来る幸せを噛み締めた。
昼下がりの暖かな日差しが店内に差し込んできて心地が良い。
土方さんが、膝の上の頭を少しだけ動かして、息を吐いた。
「痛かったですか?」
「いや。」
「痒いですか?」
「いや。」
先ほどから、土方さんの反応がゆっくりとなってきている。
れいは視線を耳から土方さんの顔へと移す。
土方さんは目を閉じている。
髭を剃ったときにも思ったけれど、目の下が少しだけ窪んでいて、顔色が優れないようだった。
疲れているのかもしれない・・・。
そう思い、少しだけ静かにしていると、規則正しい呼吸が聞こえてくるようになった。
相変わらず腕を組んだままだけれど・・・。
腕を組む行為は、自分を守ろうとする本能だ。
新選組と出会ってから、少しだけ街中でどういった集団なのかを聞いてみると、あまり良くない噂しか聞こえてこなかった。
それでも、何も知らずに中に入った分だけ、まっさらな状況で皆を見ることが出来た。
ただの悪い集団とは思えなかった。
きっと、それだけの物を抱えているのだと思う。
幕府お抱えの集団と言うだけあって、この髪結い処の幕府への申請もしてくれて、普通よりも早い対応をしてもらえた。
家賃の半年分と言い、申請と言い、何かとお世話になっている。
何かお返しがしたい、と思うのは情に厚い江戸の人間ならば普通のことだ。
今はまだ何も出来ないけれど・・・、こうした静かな時間を過ごさせてあげるだけでも、役に立てているのかな・・・と、自己満足だが、思う。






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