土方さんが溜息を吐くと、切り揃えられた前髪を振って、残った毛を落とす。
後ろに回って髪を結い直すと、そのまま後ろに座り込んで返事を待つ。
「監察方じゃねぇからだよ。」
「無いから?」
「ああ。伊東さんは、参謀だ。監察方が誰かくらい知ってる。知っていて当然の地位を与えちまったんだ。だから、下手に監察方の誰かが行った方が新選組にとっても危険だ。」
背筋を伸ばして淡々と語る土方さん。その背中に、決意が伺える。
「斎藤は、信頼がおける。正月の居続けで、伊東さんもそれを感じ取っただろう。だからこそ、送り込んだんだ。」
「斎藤さんに危険が及んでも?」
「斎藤一人の被害で済むなら、軽いもんだろう。」
「斎藤さんよりも、新選組が大事ですか・・・。」
「そりゃ、そうだろう。だが、斎藤がヘマするなんざ、思ってねぇよ。」
れいはそこまで聞いて、土方さんが何故言い辛そうにしていたのかを理解した。
要は、捨て駒だと・・・、そう言いに来たようなものだ。
けれど、言わないで黙っていれば良いのに・・・。
土方さんの背中を引っ張って、自分の膝の上に頭を乗せる。
「お前の膝枕は必要ない。」
「いいから。どうせ、眠れて居ないんでしょう?耳かきの間だけです。どうぞ休んでください。」
それでも起き上がろうとする土方さんに、剃刀をチラリと見せつける。
「お前、怖いなぁ〜・・・。」
「そうですよ。女は怖いんです。」
諦めて膝に頭を置いて寝転がる土方さんに耳かきをしながら、ポツリと話し出す。
「斎藤さんは、全て覚悟の上です。私に御陵衛士に移ったことを言うのを躊躇う程、自分が危険な立場に移ったことを理解しています。新選組のために生きるのが彼の望みですから、あんまり・・・責任感じないで下さいね。」
「何でお前に言われなきゃなんねぇんだよ。」
「斎藤さんが、言わないからですよ。」
「お前に言われなくたって、分かってるって意味だよ。」
れいが土方さんに向きを変えるように手で指図すると、土方さんがれいの方へ顔を向ける。
その顔が、心なしか赤くなっている。
思わずにやけてしまい、睨まれるが、気にせずに耳かきを始める。
「だったら、素直に夜寝てくださいよ。その目の下の隈、寝られていない証拠です。」
「忙しいから寝る時間が無ぇんだよ。」
「はいはい。じゃ、そういう事にしておきます。」
指で目を覆って閉じさせると、土方さんから舌打ちが聞こえる。
「お前・・・。」
「はい?」
「江戸に帰れ。」
「・・・・・・へ?」
耳かきを終えて、道具を横へ置く。
土方さんを見ると、目を閉じて眉を寄せている。
「何でそんなこと言うんですか?」
「斎藤との関係が伊藤さんにバレれば、お前は監視される。」
「何で言い切れるんですか?」
「お前が、角屋で伊東さんに見られているからだ。」
「でも・・・、それだけで?」
「新八とも顔見知りだってこと、あの伊東さんが気付かないわけがない。ああ見えても、伊東さんは確かに凄い人物だ。」
「それで・・・?」
「ここを経由して情報が流れていると、疑われる可能性がある。」
「でも、斎藤さんは違う道を用意しているって・・・。」
「ああ。当たり前だ。お前なんかに頼むわけがねぇ。」
「じゃ、江戸に帰る必要は無いでしょう。」
自然と手に力が入る。
土方さんが言い辛そうにしていた話は、一つだけではなかったのか・・・。
「残るつもりなら、新選組とはこれ以上関わるな。」
「それは・・・・・・。」
「山崎の荷物も、全て引き上げる。」
新選組との関わりを断たれる・・・。
江戸に戻ったとしても、それは同じことなのではないだろうか・・・。
「じゃ、斎藤さんが新選組に戻ったとしたら・・・?」
「そんな先の保障なんざ出来ねぇよ。」
「それは・・・、ずるいと思います・・・。」
「ああ、俺はずるい男だ。何が悪い?」
「結局、私は新選組から徹底的に離されるって事ですよね?」
「そもそも、お前は山崎を匿うためだけの女だったはずだ。それが、情報を届けるようになり、俺は迂闊にもそれを受け取ってしまった。そこが間違いだったんだ・・・。」
「そう・・・・・・。分かりました。新選組とは関わらない。でも、京には残ります。斎藤さんの支えにはなりたいもの。」
土方さんが、起き上がり頭に手を当てる。
そして、切れ長の瞳で睨みつけてくる。
「お前の意志は分かった。」
瞳を直視できずに、膝の上で手を組んで、その手を見つめる。
ふと、目元を緩めて土方さんがれいを見つめる。
土方さんを見ていないれいはその優しさに気付かなかった。
「お前は、それでいいのか?」
「・・・・・・。」
「どんなに尽くしても、斎藤の妻にはなれない。なれても妾だな。」
「分かってます。」
「斎藤は、分かっていないと思うが。」
「私は、所詮は未亡人ですから・・・。妾にすらなれないことくらい、分かってます。斎藤さんが分かっていないから、この状況に甘えているんです。私も、ずるいんですよ、土方さん。」
自嘲気味に微笑んでから、首を振って一度深呼吸をする。
そして、満面の笑みで土方さんを見つめる。
「それでも良いんです。それでも、傍に居られるだけ居たいんです。でも、無理になったら江戸に帰ります。斎藤さんが使命を全うしたら、きっと結婚話が持ち上がります。その前には邪魔にならないようにします。」
土方さんが、れいの頭をそっと撫でてから立ち上がる。
懐から金子を出してれいに渡すと、入り口へと歩き出す。
「お前は良い女だよ。未亡人だってのが残念なくらいだ。身分さえしっかりしてりゃ、未亡人だって妻になれたのにな・・・。」
「そうでしょう。私は、良い女ですよ、本当に。」
「っは、自分で言うな。」
土方さんが一度だけ振り向いて、切ない笑顔を向けてくれた。
「じゃあな。」
「ええ。お元気で。」
座ったまま、土方さんを送り出す。
背中が見えなくなると、れいは再び手元に視線を落とした。
握り締めすぎて白くなった手に、赤みが戻っていく。
何度か握って、開いてを繰り返す。そうすると、痺れが取れて感覚が戻ってくる。
両頬を二度叩いて立ち上がると、散乱した髪の毛を一箇所に集め始める。
斎藤さんが居るなら、まだまだ頑張れる。
まだまだ・・・・・・。




その後、新選組はとうとう幕府召し抱えとなる。
屯所を不動堂村へと移し、新たな気持ちで歩き始めるまで、もう少し・・・。






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