翌朝、斎藤さんは早くから起きて部屋の中で何やらじっと固まっている。
気怠い身体をようやく起こして、斎藤さんの様子を伺い見る。
座り込んで、目を閉じている。
前に、朝は瞑想をする、と聞いた事がある。
道場での瞑想が好きだと言っていた。しかし、今の宿舎はただのお寺らしく、道場は無いらしい。
部屋の中での瞑想は、道場での瞑想と違うだろうか…。寂しくなったりしないのだろうか…。少しだけそんな事を思いながら、布団から這い出ると、着物を素早く身につけてお勝手へと移動する。
三月も終わりかけてきたこの頃は、朝の気温も暖かく、過ごしやすくなった。桶に溜めてある水を使って米を研ぎ、ご飯を炊く。
味噌汁と、漬物と、野菜のお浸しに魚の干物。
ごく簡単な朝食を用意する。
ご飯が炊けるまでに、自分も顔を洗って、髪の寝癖を直し、部屋の中に風を通すために窓を開けて回る。
斎藤さんが瞑想をしている邪魔にならなければ良いと思っていたが、何時の間にか目を開けて、れいの行動を観察していた。
「あ、ごめんなさい!邪魔しちゃった?」
「いや、元々集中出来ていなかった。」
「やっぱり、道場での瞑想とは違う?」
「うむ…。」
斎藤さんが、忙しく動き回るれいに近寄り、後ろから抱きしめてくる。
「どうしたんですか?」
腰に回された腕を触りながら問いかけると、耳に寄せられた頬をすりつけてくる。
「そんなに動いて、身体は平気か?」
「…平気です。昨日は随分と手加減してくれましたから。」
「その…、永倉さんに言われた…。」
「ふふっ、有難う。」
斎藤さんに寄りかかって、温もりを感じる。
朝からこうして穏やかに会話を楽しむ事が出来るなんて、まるで夢のようだと思った。お正月は、それどころでは無いほどに身体が怠かったが、今日の怠さはそれ程でもなく、心も身体も満たされて、調子が良いくらいかもしれない。
「さ、ご飯がそろそろ炊けます。食べたら仕事ですよ。」
斎藤さんの腕を解いて、お釜へと向かう。
ご飯が美味しそうに炊けているのを確認して、お茶碗によそうと、当然の様に後ろで受け取って、食卓へと運んでくれる。
一緒に朝食をとると、何となく会話が続かない。
けれど、それが斎藤さんなら気にならない。そして、それが心地が良いと感じるのだ。
こんな風に過ごしてしまうと、益々離れられなくなるだろう。
まるで夫婦みたいだと、夢みたいな事を考える。
食事を終えると、斎藤さんを送り出す時間だ。
斎藤さんは名残惜しそうにれいを抱き締めると、口付けを交わす。
「また、来る。」
「はい。待っています。」
微笑んで、斎藤さんを送り出す。
御陵衛士という人たちが何をするのか、よく知らない。新選組とどう違い、何故分派しなければいけなかったのかもよく分からない。
けれど、斎藤さんに纏わり付く死の危険の匂いは、離れていかなかった…。
きっと、危険な事は変わらないのだろう。
それでも、自分の身を犠牲にしてまで密偵として潜入するなんて…。
彼の真面目な人柄を利用する土方さんを、少し恨む…。
家の掃除を終えて、店の掃除を始める。
暖簾をかけて店を開けると、すぐにお客さんが入ってくる。
「いらっしゃいませ。って、土方さん・・・。」
「邪魔する。」
「どうぞ。」
店内に通して、髪を触りだす。
相変わらず、弾力と張りのある髪で、その真っ直ぐな様は、土方さんそのものだと思う。
「随分、伸びましたね。最近は、屯所に出入りする髪結いにもいじらせていないんですね。」
「ああ、そんな暇が無かったからな。」
「じゃ、今日はどうしてわざわざこんな遠くまで?」
「別に、そんな遠く無い。散歩の範囲内だ。」
「散歩・・・。今まで全然立ち寄らなかったのに?」
「うるせぇ。」
土方さんが仏頂面で吐き捨てる。
髪紐を解いて、背中に流す。
「少し、切りますよ。」
土方さんに確認するが、返事が無い。それを無言の了承ととって、毛先を切り揃える。
こんなに早くから店に顔を出すなんて・・・、もしかしたら土方さんは、分派により眠れない日々を過ごしているのかもしれない・・・。
「土方さん・・・。どんなお話ですか?」
改めて問いかけると、土方さんの肩が少しだけ緊張する。
毛先を真っ直ぐに切り揃える間、土方さんは結局一言も発しなかった。
前髪を切るために前に回りこむと、眉を顰めて一点を集中して見つめている。
その先には畳しかない。
れいは溜息をついて、土方さんの顔の前に自分の顔を見せ付けるように持って行く。
「そんなに睨んだら、畳が焦げちゃいますよ。」
「睨んでねぇ。」
「そうですか。」
視線を合わせずに返す土方さん。やはり、様子がおかしい。何かを言うために来たのだとは分かるのだけれど、何かそんなに言い辛いことでもあるのだろうか・・・。
言い辛いことと言えば・・・。
れいは、土方さんの前髪を梳いて揃える手を、ふと止める。
「あの、土方さん・・・。斎藤さんにばかり危険なことをさせるのはどうしてですか?」
「は?」
「確かに、斎藤さんは寡黙で秘密を誰彼構わずに話すような人ではないし、信頼が置けるのは分かります。でも、それだけに・・・、今回の御陵衛士への参加は、最初から斎藤さんに疑いの目が向けられていると思うんです。」
「お前・・・・・・。」
「斎藤さんが、新選組と土方さんに傾倒しているのは、誰の目にも明らかだったはずです。それを裏切ってまで御陵衛士に参加する理由は、一体何でしょうね・・・。」
「お前、知ってたのか?」
土方さんが、前髪に隠れた瞳を揺らす。
「もしかして、言いにくくしてたことって、これですか?」
「あ・・・、ああ。」
「案外土方さんって、繊細なんですよねぇ。」
ムッと顔を歪める土方さんを無視して、前髪を切り始める。
「斎藤さんは、三番組組長です。監察方では無いです。なのに、何故?」
土方さんが、切られて落ちていく髪を目で追っているのを見つめる。






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