「斎藤さん?」
静かに問いかけると、斎藤さんの肩がびくりと震えた。
「斎藤さんも巡察の途中でしょう?早く行かないと、組下の方たちが困りますよ。」
「あ・・・、ああ・・・・・・。」
立ち上がり、れいの横まで来ると、頬を冷やしている手の上に手を重ねてくる。
「その、言い過ぎた・・・・・・。すまない・・・。」
空色の瞳が少しだけ揺れている。
「いいんです。私がいけないんですから。運動が出来なくて反射神経が鈍い女が無茶をしたのがいけないんですものね。」
わざと、にっこりと笑いかけて、斎藤さんの手を外す。
「早く行ってください。もう・・・・・・。」
大丈夫、と言いかけて、口を噤む。
「もう、無茶はしませんから・・・。」
言い換えて、斎藤さんの背中を押して店から追い出すと、途端に涙が溢れてきた。
どんなに自分が頑張ったところで、結局は事態を悪化させることになる。いつも、いつだって、自分がやることは裏目に出て、心配をさせて、呆れさせて、怒らせてばかりいる。
どうやったら上手に立ち回れるのかが全然分からない。
斎藤さんが言うように、本当に何もしないでただされるがままで居れば良いのだろうか・・・・・・。
島田さんが居るなんて、本当に知らなかったのだ。
気丈に振舞わなければ、座り込んで泣きじゃくって何にもならなかっただろう。
虚勢を張らなければ居られない、気を張っていないと潰れてしまう・・・。それが望ましいということだろうか・・・。
自分が助かる方法を、何故自分で模索したらいけない?助けて欲しくたって、いつも傍に居てくれるわけではないのに!!!
「どうして、一人で泣く・・・?」
扉の向こうから、斎藤さんの声がする。
必死に声を押し殺しているのに、何故泣いていると分かるのだろう・・・。
「言い過ぎた。悪かった・・・。ただ、助かろうとしただけだと分かっては居るのだが・・・・・・。」
扉がガタリ、と音がする。風が吹き込んできて、斎藤さんの香りがほのかに漂う。
「私がいけないんです・・・。無茶をした私が・・・。」
斎藤さんがれいの前まで移動してくる。上げ床になっている畳みに腰をかけ、れいの手を引いて自分の膝の上に腰掛けさせると、ギュッと抱きしめた。
「お前は悪くない。いつだって、一人で必死に頑張っている。傍で守ってやれないからって・・・、お前に酷いことを・・・。」
斎藤さんが辛そうに零すのを聞いて、益々涙が止まらなくなる。
「ごめんなさい・・・。私、わがまま・・・、言った・・・。」
「いや、良い。あんなのは我侭の内に入らない。」
「っだって・・・、こわ、怖いからっ・・・、必死に、立ち向かっ、わないと、負けちゃう・・・っから・・・」
「・・・・・・ああ。」
「ごめっ・・・なさぃ・・・」
「謝らなくていい。謝るのは俺のほうだ・・・。」
斎藤さんが抱きしめて、背中を撫でてくれる。その温もりだけで安心できる。
こんな安心が毎日あれば、どんなに幸せだろうか・・・。
けれど、それはけして叶わないと分かっている。分かっているのに、欲してしまう自分は、やっぱり我侭で欲しがりなのだろうか・・・・・・。
普通に恋をして、結婚をして、子供を授かって・・・、順風満帆に進むと思っていた自分の人生が、全く思うとおりにいかなくて、欲しいものは何も手に入らず、手に入っても手元に置いておけるわけではない・・・。
それでも、手放せなくて泣いて縋ってしまう・・・。
惨めな自分を見せたくなくて、れいは斎藤さんの、暮れた後の空の蒼と同じ瞳を見つめたあと、涙に濡れた唇を、そっと柔らかな唇に押し当てた。




結局、桜井さんは切腹となったらしい。借金は桜井さんの実家へと取立てに行くことになり、足りない分は新選組が肩代わりした。
父親代わりが急に居なくなるのはまずい、と言うことで、母が迎えに来て、実家に帰ったということになった。
再び、一人で過ごす日々が訪れる。
ずっと二人だった生活で窮屈を感じていたが、居なくなれば居なくなったで、寂しいと思ってしまう。
その程度には、親しくなり、楽しく過ごしていたのだ・・・と思うと、もっと積極的に関わって、本当の父親のように文句を言ったり叱ったりすれば良かった・・・と、今更ながらに後悔が襲ってくる。
寂しさに泣きたくなる日は、暮れた空の蒼を見て、斎藤さんを思い出して過ごす。





この数日後、三条制札事件が起こる。
原田さん大活躍で、幕府から恩賞を賜るのは、もう少し先の話。






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