翌日、れいが店を開ける時間になっても桜井さんは帰ってこなかった。
朝帰りをする日もあったけれど、店側がお客を追い出す時間には出てきていたはずだ。
お店を開く時間になっても帰ってこないことは無かった。
少しだけ、心配になる。
陰間茶屋に連泊するつもりなのだろうか・・・。
別に構わないと思うのだが、それは自分のお金の範囲でなら・・・の話である。
それに、夜半に帰ってくる日もある。もし夜中に辻斬りに襲われていたら・・・と思うと、落ち着いていられない。
陰間茶屋に確認に行こうか・・・と思ったところで、お客さんが来てしまう。
恐らくは居続けなのだろう・・・と思い込むことにして、仕事に打ち込んだのだが・・・・・・、夜になっても桜井さんは帰ってこなかった。
流石におかしい・・・と思いだす。しかし、日は暮れてしまって、一人で出歩くのは危険な時間帯だ。陰間茶屋に確認に行くことも気が引ける。
扉の前で行ったり来たり、歩き回りながら考え込んでいると、外でガタリと音がした。
「桜井さん!?」
勢い良く扉を開けると、そこには驚いている山崎さんが居た。
「あ、山崎さん・・・。お帰りなさい。」
「桜井さんが、どうかしたのか?」
気まずく視線を反らすが、流石は山崎さん。見逃してはくれない。家の中に入り桜井さんの不在を確認すると、再び問うてきた。
「やはり、桜井さんは不在のようだが?」
れいはお勝手でお湯を沸かしている。
「ちょっと待ってください。とりあえず、お茶を淹れますね。夕飯は食べますか?」
「れい君は、もう食べたのか?」
「いえ、まだです。一応作ってはあるんですけど・・・。二人分ありますし、いかがですか?」
「・・・・・・ああ。頂こう。」
「じゃ、今お茶と一緒に持って行くので、待っていてください。」
「いや、手伝おう。」
「そうですか?じゃ、お願いします。」
お湯が沸く間に、ご飯をよそい、味噌汁をよそう。それを二人分お盆に乗せて振り向くと、山崎さんが受け取って持って行ってくれる。
有り合わせの野菜で作った煮物と、魚の干物を焼いたものを自分で持っていくと、それも受け取ってくれる。
山崎さんは、桜井さんと違い、こうして手伝ってくれる。
男は家事を手伝うべきではない、と分かっては居るが、こうして手伝ってもらえるととても有り難い。そして、好感を持てる。
女は男の仕事を手伝ったりするのに、何故男は女の仕事を手伝わないのが普通なのだろうか・・・・・・。
おかずを卓に並べ終えて、お茶を淹れにお勝手に戻ると、山崎さんが追いかけてきてこれも手伝ってくれる。
「すいません、手伝ってもらっちゃって。」
「いや、屯所ではこれが普通だから。当たり前のことをしているだけだ。」
「そうなんですかー。」
感心してしまう。男所帯だから、掃除も洗濯も炊事も当番制だとは分かっていたが。こうして当番意外でも手伝う隊士がきちんと居るということだろう。
やはり桜井さんという人物の人となりを比べてしまう。
卓の前で手を合わせてから食べ始める。
食べ初めて少しすると、山崎さんが自分でご飯のお代わりをよそいに行く。
桜井さんは、それすら自分でしない。
当たり前のことなのだけれど、屯所生活をしていたはずなのに、ここまで何もしない・・・となると、彼には新選組はきっと性に合わなかったと思う。
「それで、桜井さんは?」
あらかた食べ終えると、山崎さんが聞いてきた。
れいはまだ半分も食べていないのだけれど・・・。
そう言えば、千鶴ちゃんも食べるのが早かった。これだけ食べるのが早い人の中に居たら、早くもなるのだろう。
「あの、夜出かけることがあるんです。」
「夜?」
「はい。店が終わってから出かけるんです。」
「どこにだ?」
「・・・・・・。」
どこに・・・と問われて、思わず言葉が止まる。
大き目の芋を口に含んで、喋れない状況を作るが、山崎さんは食べ終わるまで待つ気満々らしい。
仕方なく、飲み込んでから口を開く。
「今まで、どこに行くって言ってもらえなかったんです。だから、昨日後をつけてみたら・・・」
「昨日?今日出かけたのではなかったのか?」
しまった・・・、と顔を顰める。
「はい・・・。昨日から帰ってこないんです。」
「どこから?」
「陰間茶屋です・・・。でも、今までは遅くても朝方には帰ってきていたので、おかしいなと思って・・・。」
「陰間・・・茶屋・・・だと!!?」
山崎さんが固まり、箸が転がり落ちる。
そりゃ、そうだろう。男の子たちが女装をして色を売る茶屋だ。その気が無い人たちには無用の場所、嫌悪の対象にもなるかもしれない。
「分かった。その件は俺から副長に報告させてもらう。れい君は何も気にしなくて良い。後は、何か気になることは無いか?最近は心配事や厄介事の報告が無いが。」
言うべきか迷う。
しかし、その少しの逡巡を見抜いて山崎さんが先手を打つ。
「有るんだな。ならば、言ってくれ。」
「いえ、大丈夫です。」
「大丈夫ならば、何故目を見て言わない?」
「い、いやぁ、山崎さんがあまりにも格好良いから。」
へらっと笑って誤魔化すと、短く溜息を吐かれてしまう。
「その台詞を斎藤さんが聞いたら、なんと言われるか・・・。」
「な、何で斎藤さんがここで出てくるんですか!?」
「恋仲だと聞いている。」
「何で山崎さんまで知ってるんですか!?だ、誰が!!?」
卓に手を叩きつけて腰を浮かすと、山崎さんが驚いたように見上げてくる。
「雪村君が、嬉しそうに教えてくれたが・・・。」
千鶴ちゃん・・・・・・。
一気に力が抜けて、卓に突っ伏す。
自分の顔が真っ赤になっているのが分かる。恐らくは、耳まで赤いだろう・・・。
「隠していたのか?」
申し訳なさそうに聞いてくる山崎さんに、首を傾げて応える。
「隠す隠さないではなく・・・、そもそも私の立場って、新選組と親しかったらいけないので・・・。」
「・・・・・・そうか。なら、これ以上広がらないように気を配ろう。」
「すいません・・・、お願いします・・・。」
そして、気になることを一つ聞いてみる。
「あの、恋仲になって、良いんでしょうか・・・?」
卓に手を置き、その上に顎を置いて山崎さんを見ると、山崎さんは難しそうな顔をしている。それを見て不安になってしまう。
「それは、俺には分からないが・・・、それが、他の心配事か?」
「え?心配事?あ、ああ。そう・・・そうです。」
こくこくと頷くと、山崎さんが再度溜息を吐く。
「違うんだな。ならば、何が心配だ?」
どうも、今日は調子が悪い。上手く嘘がつけない日というのも、あるものなのだな・・・と、観念して、金庫のお金が減ることも山崎さんに話してしまった。
山崎さんは険しい顔をして、話を聞き終えると早々に家を後にした。






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