壬生から町中へと戻る。
どうやら斎藤さんは、れいの自宅へと戻っているようだ。
あまりに早足なので、半ば引きずられている感じがしないでも無い。
「斎藤さん?私、間違ってないですよね。」
何度か確認をするが、返事をしてもらえない。
「あの、気に入ってくれてるなんて、やっぱり間違い?」
段々息が切れてくる。
話しかけるのが辛くなって、歩くのと呼吸だけに意識を注ぐ。
自宅へと帰り着くと、家の中に桜井さんは居なかった。
夜半に帰ると書置きがあるだけで、桶の水もそのままに何処かへと行ったらしい。
「はぁ、つか…れた…。」
部屋に入ると、笠を頭から外して放り投げ、畳に倒れこむ様にしてへたり込む。けれど、流石に斎藤さんは呼吸一つ乱れていない。
「れい…。」
静かに正座をして、見下ろされる。
何となく自分も居住まいを正そうと思うのだが、くたびれてしまって動けない…。
はぁ…、と何度か深呼吸をするけれど、身体のだるさが抜けない。
「ちょ、待って下さい…。水、水を飲みましょう…。」
斎藤さんの膝に一度手を置いてから立ち上がると、天井がぐらりと回り、そのまま再び座り込む。
「れい!!?」
斎藤さんが慌てて抱き締めてくれる。
「大丈夫。ただの立ち眩みです。ちょっと暑かったから。」
説明するが、斎藤さんは途端におろおろし出して、立ち上がると水を持ってきてくれる。
「有り難う。」
「すまない、早く二人になりたくて…、無理をさせた…。」
「ああ、二人になりたくて急いでたんですね。で、なんで?」
水を飲んで落ち着いた。やっとまともに座れるようになって、斎藤さんに相対する。
「…。」
問いかけると、斎藤さんが再び口を開けたり閉じたりし出す。これは、何を言ったらいいのか悩んでいるらしいと理解する。
ゆっくりと待つと、斎藤さんが顔を真っ赤に染め上げて、見つめてきた。
「れいは、俺を恋人とは認めてくれていなかったのか?」
「!!?」
思っていたのとは違う言葉が、斎藤さんから出てきた。
この流れで行くと、『お前は俺の恋人だろう?』と来るのかと思ったが、自分がどう思っているかの確認をされるとは…。
「お前は、恋人でも無い男に、身体を許すのか?」
不機嫌そうだった理由は、多分これだ。斎藤さんは、意外と独占欲が強いから、そこは確認したい部分なのだろう。
「斎藤さんにだけ、です。」
短く答える。少し、意地悪だと自分でも分かる。明確な意思表示が無ければ、行為だけでは認めない…なんて…。相手からの意思開示が無ければ、自分の気持ちを伝えないのは…、やっぱり間違っているだろうか。
「斎藤さんは、私の事…。」
「恋人だと思っている。」
「何故?」
「何故?何故と聞くのか?」
「愛が無くても、行為は出来ます。」
「愛が無い行為など、お前にした事など無い!いつだってれいを愛して、愛しくて、愛しくて、離れられない位だ!」
「本当…?」
「ああ。俺は嘘は言わない。」
斎藤さんが嘘を言わないのは知っている。この三年、ずっと見てきた。
そうだ、知り合ってから三年もたっている。後数ヶ月で四年になってしまう。その間、自分はずっと斎藤さんから目が離せなかった。
彼が最初から自分を見ていた訳ではない事も知っている。
いつからだろう…、いつから斎藤さんは自分を見てくれるようになったのだろう…。
「斎藤さんは、いつから私の事…?」
「いつから…?いつから…だろうか…。何時の間にか、胸の中に居た。」
胸を押さえて、斎藤さんが答えてくれる。
「れいは、どうやったら俺を…恋人と、認めてくれる?いや、どうしたら俺の恋人に…、そもそも、れいは誰か好きな人は居るのか?だとしたら、俺は…、あぁ、いや、俺はお前に甘えて色々な事を……。」
斎藤さんが額に手を当ててグルグルと考え出す。
それに苦笑いをして、斎藤さんの唇を奪う。
「私、最初から斎藤さんにしか、こういう事、してません。斎藤さんに触れたくて、触れられたくて、我慢出来なかったんですよ。」
「れい?」
「初めて会った日に、斎藤さんに涙を見られてからずっと、斎藤さんだけを見てました。斎藤さんだけが好き。斎藤さんを愛してるから、愛されてなくても、求められるなら嬉しいから、身体を許したんです。愛が無くても良かったんです。斎藤さんだから…。」
「俺は、お前だから抱いたんだ。無理強いはしたくないから、嫌がるならやめようと…。でも、受けいれてくれたから、てっきり俺の想いも伝わっているのかと…。」
「私…、明確に伝えてくれないと分からないんです。何となく、とか、無いです。恋人なら恋人、妾なら妾、妻なら妻、そう、はっきりしてくれないと…。勘違いで傷つくのが嫌で、臆病者なんです。それに、未亡人で年上ですよ?期待なんか、しちゃったらダメなんです…。」
寂しそうに言うれいを抱き締めて、斎藤さんが耳元で囁く。
「れい、好きだ。愛している。俺のものになってくれ。」
「あの、一つだけ、約束…して。」
「むっ?」
「絶対に、先に死なないで…。」
武士たるもの、
いつ死んでしまうか分からない世の中だ。まして、新選組の状況は刻々と変化をしていて、いつ大きな戦が始まってしまうか分からない状況だ。
けれど、それでも敢えて問いかける。
嘘がつけない斎藤さんに、意地悪な質問をする。
何時だって死と隣り合わせで生きている人には酷かもしれない。
それでも、斎藤さんは真剣に考えて答えてくれる。
「約束する。れいより先には死なないと…。」
それを聞いて、愚かな自分が悲しくて涙が出てきた。
潔く死ぬ事をすら厭わない真の武士である斎藤さんに、そんな事を約束させるなんて…。
「ごめんなさい、嘘です。大丈夫。存分に武士として生きて下さい。お上のために戦っているあなたに、生きるために逃げるようなことはさせられません…。」
斎藤さんが、涙を零すれいの頬を、唇で拭う。
「お前の大丈夫はあてになら無い。約束する。敵に背は向けない。勝てば良い。だから、安心しろ。」
斎藤さんが、れいの頭を撫でてくれる。
れいが頷いて顔を上げると、お互いに舌を絡めあい、口づけを交わす。
そのまま斎藤さんに押し倒され、涙が乾いても声が枯れても、動けなくなっても、愛を忘れられなくなる程に楔を打ち付けられた。
ただ、君が為に、生き抜こうと…、約束を刻みつけるかのように…。




一月後、若き将軍家茂公が病の為にこの世を去る。
新選組の守るべき者が変わり、世の中は急展開を迎える。
この約束が、後にどのようなことになるのか、まだ二人は知らない。






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