れいは斎藤さんの元を駆け去ると、千鶴ちゃんの隣に座り込み、草履を脱いで水に足を浸す。 着物の裾を膝まで持ち上げて、足を振って水を感じる。恥ずかしさから火照った全身を水が冷ましてくれる。 「れいさんは、斎藤さんと仲が良いですね。」 千鶴ちゃんが、自分を足を浸しながら話しかけてくる。 「え?仲が良い・・・?」 みんなには何となく二人の関係を言っていないのだが…。どう言い表したら良い関係なのかが分からないのも理由だけれど。それでも、仲が良く見えるのだろうか。 「それを言うなら、千鶴ちゃんの方が仲がいいでしょう。」 「そうでしょうか。皆さん良くしてくれますが、仲が良いと言うのは、少し違うような・・・。」 「そうなの?みんなからとても大事にされてるじゃない。仲が良いって、見ていて分かる。信頼し合っているね。」 そう言うと、千鶴ちゃんが嬉しそうに微笑む。 頭の上から笠を取り、それで自分を扇ぐ。 髪の毛が風で後ろに流れる。 斎藤さんがしょんぼりと戻ってきて、隣に座り込む。 何となく、可哀想になってきてしまう自分は、相当斎藤さんに弱い・・・。 「おい、斎藤!こっちに来いよ!」 「一緒にやろうぜ!」 「千鶴もれいさんもやろうぜ!」 どこから見つけたのか、三人が袋を蹴りあっている。袋の中身は軽いらしく、蹴るとふらふらと飛んでいき、相手に届く。 千鶴ちゃんが、草履を履いてから笠を外して三人に駆け寄る。その笠を受け取って荷物の上に乗せると、斎藤さんを見た。 「斎藤さんも、行ってきて。」 「いや、ここで良い。」 「でも、斎藤さんが遊んでいる姿を見てみたい。」 「・・・。」 「ほら、斎藤!れいちゃんも!」 永倉さんが駆け寄ってきて、斎藤さんとれいの腕を取ると、草履を履くのを待ってから引きずって歩き出す。 千鶴ちゃんは、既に嬉しそうに輪に混じっている。藤堂さんに蹴り方を教えてもらい、すぐに上手に蹴りだす。 運動神経が良いのかもしれない。 それに比べると、れいは自分が運動が苦手なのを自覚している。 自然と、顔が嫌がる。 「私はいいです。見てますから。」 「いいじゃん。れいちゃんは斎藤と一緒にやればいいから。」 「でも・・・。」 「うむ。俺が手助けする。」 「斎藤さんまで・・・。」 それだと多分、斎藤さん一人でやっているのと変わらない状況になるのだと思うけれど・・・。 それならそれで、いいか・・・。 と、諦めて頷く。 永倉さんがみんなに向かって両腕を大きく上げて丸い形を作り、了解を伝えると、早速原田さんから袋が蹴り上げられてくる。 「うわ!」 慌てて後ろに逃げると、斎藤さんが前に出て蹴り返してくれる。 「れいさん!逃げたら意味無いだろ!」 斎藤さんから渡された袋を永倉さんに蹴り返しながら藤堂さんが叫んでくる。 永倉さんがそれを器用に胸で受け取ると、足元に落として蹴り上げる。 空高く上がった袋が、上手に千鶴ちゃんの足元に落ちていくと、千鶴ちゃんがそのまま蹴り上げて、永倉さんへと戻っていく。 永倉さんが足を横に振り、袋をれいの元へと蹴り寄越すが、れいは袋が届く前に足を蹴り上げてしまい、結局再び斎藤さんが原田さんへと蹴り返す。 そして、斎藤さんがれいの肩を掴んでみんなから逆の方へと向ける。 「え?何?」 「斎藤!何してるんだよ?」 「れいさんも一緒にやっていいだろ?」 「独り占めばっかりするなよな〜。」 三人が文句を言うが、斎藤さんは振り返ろうとするれいの肩を押し付けて止める。仕方無く顔だけを振り向ける。 「どうしたんですか?」 「・・・・・・足・・・。」 「足・・・。」 蹴り上げるときに着物の裾から出てしまう足を気にしているらしい。 「え、足くらいで!?さっきも、川に膝から下を浸してましたよ。」 「雪村と俺しか居なかった。」 「そうだけど・・・。」 それ位で・・・と思うのだけれど、斎藤さんの顔は真剣そのものだ。 「じゃ、蹴らなければ良い?」 「ああ。」 「・・・・・・分かった。」 蹴らないなら、参加しないのと同じなのだけれど…。蹴らないで蹴鞠にどう参加しろと…? 矛盾を抱えつつ、どうせ蹴っても当たらないのだから、同じだな、と思って頷く。 れいが承諾してホッとしたようで、斎藤さんが微笑むと手を放してくれる。 そして、みんなの方へと戻ると、すぐに袋が渡される。 斎藤さんがそれをすぐに藤堂さんへと蹴り返す。 藤堂さんが、高く上がった袋を頭で打ち返して、千鶴ちゃんの足元に落とし、千鶴ちゃんがそれを原田さんへと蹴り渡す。 原田さんが膝で受け止めると、一度上へと跳ねさせて永倉さんへと力を込めて蹴り渡す。 永倉さんがそれを受け止められずに、強さを保ったままれいの方へと飛んでくる。 「おわぁ!」 思わず後ろに逃げると、斎藤さんが蹴り返してくれる。袋は永倉さんへと渡っていく。 「れいちゃん悪い!」 原田さんが謝ってくれるが、斎藤さんが不機嫌そうに「気をつけろ!」と唸る。 「悪かったって。新八が取れないとは思わなかったんだ。」 袋を順に蹴り回しながら、器用に会話を続ける。 「なんだよ、俺のせいか!?」 「別にそうは言ってない。」 「大体、斎藤がれいちゃんに甘過ぎんだよ!」 「俺は間違ったことは言っていない。女に向かってあんな速い袋を蹴りつけるなど…。」 「だから、謝っただろ!」 「あのさー、楽しくやろうぜー。」 「そうですよ、言い合いは良く無いです。」 「それに、さっきかられいさん全然参加して無いんだけど…。」 藤堂さんが、目敏くれいが突っ立ってるだけなのを見つける。言い争いをしているのに気を取られて、誰も見ていなかったから休んでいたのに…。 しかし、斎藤さんが振り返って、頷くと藤堂さんに告げる。 「れいは良いんだ。」 「何でだよ、斎藤!」 永倉さんが斎藤さんに思いきに強く袋を蹴りつけるが、斎藤さんは器用に下から蹴り上げて速さを殺すと、優しく千鶴ちゃんへと渡す。 千鶴ちゃんがそれを受け取って藤堂さんに渡すが、少し手前に落ちていく。藤堂さんが器用に足から滑り込んで蹴り上げると、原田さんの元へと飛んでいく。 みんな、上手だな…と感心しながら袋の行方を頭が追う。 「斎藤は恋人に甘いよな…。」 原田さんが言った言葉に、袋を追っていた頭が止まる。 「こ、恋人!?」 思わず、叫ぶ声が裏返る。 「え、そうなんですか?やっぱり!?」 千鶴ちゃんの驚きと、斎藤さんが振り返って袋が脚に当たって落ちる音が同時にする。 今まで一度も地に落ちなかった袋が、とうとう落ちてしまった。 が、みんなの顔はそれを見ていない。 斎藤さんが、目を見開いて驚いている顔に違和感を感じる。 何故、原田さんを見て驚くのではなく、自分を見て驚いているのだろう…。 「え…?」 みんなが自分を見ていることに気付いて戸惑う。 「れい…?」 「はい?」 聞き返すが、斎藤さんはそれ以上何も言えないのか、口を開けたり閉じたりするだけで声がしない。 「え?恋人…だろ?」 「まさか、はじめ君の片想い?」 「え?ちょ、ちょっと待って下さい。斎藤さんが誰の恋人で誰に片想い?」 れいが、動かなくなった斎藤さんを通り越して、奥にいる四人に確認をする。 少なくとも、自分を気に入ってくれている事だけは確信していた。でなければ、暇を見つけて通ってきてくれる事は無いだろうし、性交をするのは自分だけだと言ってくれていた。 なのに、恋人が居るとは聞いていない…。 「れいちゃん…、マジで聞いてる?」 「え、どうゆう事?俺、よくわかんねえよ。」 「斎藤!お前、自分で説明しろ!何でれいちゃんが驚いてるんだよ!」 「いや、実はれいちゃんが斎藤を弄んでる…とか?」 「新八!」 原田さんが、永倉さんの頭を叩くと、固まっている斎藤さんの元へと歩み寄り、肩を叩く。 「斎藤、お前から直接聞いた事はねぇが、雰囲気で勝手に解釈したのは俺らだ。違ったなら悪かった…。が、実のところ、どうなんだ!?」 話の流れから、何となく理解をし出す。 三人が言っている恋人とは、どうやら自分らしい…と。 そして、そんな明確な関係になれていない、なれていたら自分はもっと自信を持てているだろうし、わざわざ千鶴ちゃんに嫉妬などしない、と思う。 「私のことですか!?なら、みんなの勘違いですよ!」 大慌てで手を振って訂正をする。 斎藤さんが少し傾いだように見えた。 「えっと、斎藤…?お前、マジで片想いだったのか…?」 「え、片想いもして無いと思いますよ。気に入ってくれているとは思ってますが。ちょっと自惚れかな…?」 れいが笑って言うと、更に斎藤さんが傾いだ。 原田さんが、斎藤さんの肩に置いた手の力を強める。 「やべぇ、れいさんって、確証が無いと確信できない人間だ…。はじめ君…。」 「マジでかー。あそこまで気付いてて、最後の部分をどうして誤魔化すかなぁ。」 「ああ、まぁ、旦那を亡くして、恋愛沙汰に臆病になっちまってるって事かもしれねぇが、…斎藤!!後はお前がキチンとしろ!」 三人が斎藤さんの元に集まって何やらぶつぶつ言い合っているが、れいにまでは届かない。 傾いだ斎藤さんが、原田さんに叩かれて姿勢を戻すと、れいの元へと歩み寄り、手をとって歩き始めた。 「斎藤さん?」 川縁に置いてある笠をれいに被せると、そのまま歩き続ける。 原田さん達を振り返ると、何やらニヤついて手を振られる。 何となく、斎藤さんの機嫌が悪くなったような気がして、気まずくなる。
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