君が為
うだるような暑さが再びやって来た。 六月も半ばを過ぎ、梅雨が去って雨は減ったけれど…、カラッと気分が良くなるほどの乾いた夏は訪れない。 れいは店先で自分を扇ぎながら汗を拭った。 家の方では、父親代わりの桜井さんが、自分で買って来た氷を水を入れた桶に沈めて、足を冷やしている。 分けてくれる義理は無いが、一人占めされると、暑さの中苛立ちが増す。 この頃思うのだが、この桜井さんという男は、どこかケチ臭い所がある。 自分は新選組からお給金を貰っている癖に、食費などは全てれいの稼ぎから出ている。支払ってくれるつもりは無いらしい。 無理やりに来てもらったのだから仕方が無い、自分の分を作るついでなのだから、買って来たもので二人分を作り、そのまま提供する。 山崎さんにも自分の稼ぎから食事などを出して居たが、一緒にいる時間が違い過ぎて気になりだす。 なんせ、掃除に洗濯もれいの仕事にされているのだ。肩に傷を負っている桜井さんは、利き手が肩より上に上がらない。だから、色々と無理な作業も有るし、更には娘扱いだから当然と言えばそうなのだが…、実際は赤の他人。不満が募る。 人当たりは悪く無いのだが…、どうも…、何だかしっくりと来ない。貧乏くじを引いている気分になる。 「あっっっつい!!」 ついつい口から出る言葉に、棘が混じってしまう。 こんなに暑い日に、暑い時間に、月代を剃る為に外に出ようとする人は居ない。 自然と、日が暑くなる前までと、暑さが落ち着く夕刻にお客さんが集まるようになる。 この、一番暑い昼時には閑古鳥が鳴く日が多い。 そろそろ、昼食を用意する時間だ。 重い腰を上げた時、暖簾の外に数名の人影が現れる。 「いらっしゃいませ。」 立ち上がったついでに、暖簾の外に迎えに出ると、そこには意外な人物たちが居た。 「こんにちは、れいさん。」 暑さで顔を赤くしながら、千鶴ちゃんが挨拶をしてくる。 後ろには、原田さん、永倉さん、藤堂さんが居て、その奥に斎藤さんまで居る。 「皆さんお揃いで…。どうしたの?」 これだけ揃って訪ねてくるのはとても珍しい。 思わず、千鶴ちゃんに初めて会った時に拉致されたことを思い出して、腰が引ける。 「あの、れいさん、川に涼みに行きませんか?」 「はぁ…?」 川に涼みに…。 と言っても、そこらに有る川は、涼める程に冷たくもなく、木が多いわけでもなく、影になってもいない、ただの川だ。 行った所で下手に目立つだけで、何の涼にもならない。 「あのー、川って、ここら辺のじゃ涼しくないし、私、あまりあなた達と一緒に居る所を見られたらいけないんじゃ…。」 一番まともに考えてくれそうな原田さんに確認をする。 「ああ、まぁな。でも、千鶴ちゃんが、どうしてもれいちゃんも一緒にって言うから・・・。」 言葉を濁す。どうも、男たち三人がそわそわと落ち着かない。何だか気持ちが悪くて、思わず千鶴ちゃんの手を引いて店内に引きずりいれる。 「ちょっと、千鶴ちゃん。あんな男たちと川って・・・、大丈夫?絶対、下帯だけになって泳ぎだしたりするよ!?」 「あんな男たちって・・・。」 千鶴ちゃんが苦笑いをする。 暖簾の奥で、男たちが聞き耳を立てているのを感じて、思わず声を大きくする。 「だって、あの態度、不審すぎる!何かみんなソワソワしてるし。千鶴ちゃん、絶対に川に入れって言われても入っちゃ駄目よ!入っても、足だけ!ね!」 「は、はい・・・。」 れいの勢いを感じて、千鶴ちゃんが思わず頷く。 「ちょ、れいさん!不審すぎるとか、ひでぇ!!」 藤堂さんが暖簾から顔を出して講義してくるが、あえて無視をして千鶴ちゃんに語り続ける。 「いい、夏場の日差しは女にとって敵なの。笠も被らないで出歩いちゃ駄目よ。まったく、男たちってば本当に気が利かない・・・。待ってて、持ってくるから。」 「あ・・・、はい・・・。」 千鶴ちゃんが戸惑いながら後ろの藤堂さんに視線を送る。藤堂さんが暖簾から引っ込んで、何やら三人と話をしだす。 「なぁ、またれいさん、千鶴に笠をかぶせたら『じゃ、行ってらっしゃい。』とか言うような雰囲気なんだけど・・・。」 「マジかよ!せっかく誘ってんだから、来ればいいのに!」 「こういう時は斎藤任せだ。な、斎藤!」 「・・・・・・いや、俺は・・・。」 「後ろで変な威圧してないで、誘ってやれよ!」 「そうだよ!大体、はじめ君が睨んでくるから、れいさんに不審がられちゃったんだぞ!」 「俺は・・・別に・・・。」 「ついてきといて、別に・・・はねぇだろ!」 「誘ったのはそっちだ・・・。」 「だって、誘わねぇと後が怖いだろ・・・お前・・・。」 「・・・むっ・・・・・・」 そんなこそこそとした相談が気配しか感じられずに、思わず千鶴ちゃんが暖簾を潜って様子を見に行くと、みんなが不意に黙り込んだ。 怪しいことこの上ないのだが・・・、人の良い千鶴ちゃんには心配の種としか写らないようだ。 「さ、これを被って行きなさい。」 奥から笠を二つ持って出てきたれいを見て、みんなが一瞬嬉しそうな顔をした。 が、れいは千鶴ちゃんに一つを被せると、もう一つを藤堂さんに被せて背中を押した。 「行ってらっしゃい。どこの川に行くのか分からないけど、全然涼しくないから、熱中症には気をつけてね。」 やっぱり・・・と、三人が顔を見合わせてため息を吐くと、斎藤さんを引っ張り出してれいの前に立たせる。 「・・・・・・。」 斎藤さんが何か言うのをみんな期待しているのに、一向に何も言わない。 そして、れいに先手を打たれる。 「斎藤さん、千鶴ちゃんのことをよろしくお願いします。そこの三人が無茶しないようにも気をつけてくださいね。川に入るのはいいですけど、女の子が一緒に居るのを忘れないであげてくださいよ。」 「分かった。気をつけよう。」 素直に頷く斎藤さんを見て、永倉さんが大げさに頭を抱える。 藤堂さんが被らされた笠を毟り取ってわめき出す。 「れいさん、何で俺に笠を被せるのさ!自分の分だろ!」 「え、だって子供も熱中症に弱いのよ?」 「子供じゃねぇし!!はじめ君と年変わらないから!!」 「・・・・・・・・・え!!!?」 「う〜わぁ〜・・・。マジかよ、れいさん・・・。」 「え、本当に?そっか、それは、ごめんね。」 素直に笠を受け取ってれいが謝る。 「えっと・・・、うん。すぐに男らしくなると思うから、大丈夫。気にしないでね。」 肩を叩いて笑顔で告げるれいを見て、藤堂さんが目を大きく見開いて固まった。 「うわぁ〜、れいちゃん、それ追い討ちだよ・・・。」 「分かっててわざと言ってるだろ・・・。」 固まる藤堂さんの頭を撫でて、原田さんと永倉さんが笑いを堪えて呟く。 斎藤さんがれいの手から笠を取ると、れいに被せる。 「斎藤さん?」 「行くぞ。」 斎藤さんが、千鶴ちゃんとれいに向けて一言言うと、先に歩き出した。 二人は顔を見合わせて、一人は嬉しそうに、一人は諦めたように歩き出した。 残された三人が、唖然としてしばらく立ち尽くしていた。
prev ◎ next
-top-
|