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「な、何故泣く?」
笑顔のまま涙を流すれいを見て、斎藤さんが慌てて頬を拭ってくれる。
「いえ、皆さんの信頼関係が羨ましかったんです。」
それだけを言うと、急須を顔の前に掲げる。
「お茶、淹れちゃいましょう。お勝手を教えてください。」
斎藤さんは頷いて、先に立って歩き出した。その表情が、少しだけ戸惑いを残していたのに気づいていて、あえて触れてこない優しさに感謝した。
お勝手に着くと、八木家の奥さんがお湯を分けてくれた。急須にお湯を満たすと、二人は今度は並んで歩き出した。
話す言葉は無くても、何となく気遣ってくれる空気が嬉しくて、それに甘えて何も話さなかった。
喧騒に満ちた部屋に戻ると、土方さんが真剣な顔で座っていて、その前に見覚えのある人物が頭を下げているのに出くわした。
「すみません、手を尽くしたのですが、今になって嫌だと言い出して・・・。」
「あの野郎・・・、一体どういうつもりだ!?」
「俺が不甲斐ないせいで・・・」
「いや、山崎のせいじゃねぇ。俺の目が曇っていたってことだ。」
込み入った話だと思い、れいは湯飲みにお茶を注いで二人の前に差し出すと、元居た席に戻った。
けれど、喧騒が静まり、みんなが真剣に二人の動向を見守り始めて、どうしても話が耳に入ってきてしまう。
「あ、あの・・・、私は席を外しますね。」
隣の近藤さんにこそりと耳打ちして立ち去ろうとしたら、近藤さんが膝をパァンと音を立てて叩いて、れいの腕を掴んで引き止めた。
音に驚いてみんなが近藤さんに注目する。
「どうだ、トシ!それなら、こうしないか?」
近藤さんの手がれいの腕を掴んでいるのを見て、顔を歪める土方さん。
「あまり聞きたくはねぇが・・・・・・。」
と前置きをして、近藤さんに話しを先に進めるように促す。
「鍼屋は諦めて、髪結い処にしたらどうだ?」
「はぁ!?」
「え、何?」
「山崎君一人じゃ店を維持していけないのはみんなも分かっているだろう。だが、相手が嫌がっているんだから仕方がない。だったら、このれい君に店を任せて、山崎君はそこを足がかりにさせてもらえばいい。」
どうだ、名案だろう!と言わんばかりの得意げな顔で言われて、土方さん山崎さん以外の人物はみんなただ頷くだけだった。
「そんなわけにいかねぇだろ!こいつは俺たちとは全く関係ないだろ!」
「だからこそ、良いんじゃないか。」
「お、女子と二人で暮らすなど、夫婦でもないのに、申し訳が・・・!?」
「どうせ昼も夜も任務で、あまり家には帰れないだろう。なるべく昼に帰って仮眠させてもらえば問題は無かろう。夜に寝るなら屯所でも構わん。」
「あ、あの、一体何の話をしているんですか?」
「お前は黙ってろ!」
「黙ってろって!当事者として巻き込まれているのに黙っていられるわけが無いじゃないですか!!」
「隊と関係ない者を巻き込むわけにはいかない!」
「なら、この食事だって駄目にするべきだったんじゃないですか!?」
「いい加減にしないか、トシ!!」
近藤さんが間に割って入って、ようやく二人の言い争いが落ち着く。
土方さんは顔を背けてしまう。
「れい君、実はあの物件は、監察方の山崎君の足がかりにするために借りたんだ。」
「近藤さん、そこまで言っちまうのは・・・。」
「いいから、トシ、俺を信じてくれ。」
そう言うと、近藤さんはれいに向き直って、両肩に手を置いてしっかりと見つめてきた。
「別に鍼屋じゃなくても良いんだが、山崎君も鍼に精通しているから、帰ってきたときに店を手伝えるってだけで鍼屋にしようと思ったんだ。だが、肝心の店番を頼んでいた人が、ここに来て嫌だと言い出したらしいんだ。」
「は、はぁ・・・。」
れいは目を白黒させながら話を聞いていた。
監察方と言うのは一体どんな仕事をするのだろう?その足がかりとは一体・・・。話が早すぎて思考がついていかない。
「で、だ。君もあの物件が欲しかったんだろう?」
「そ、それは勿論!」
「なら、山崎君を居候として、一緒に住んでもらえまいか?」
「え・・・・・・?」
「あの物件は君に譲ろう。支払った半年分の家賃もそのままでだ。しかし、山崎君付きが条件だ。」
「・・・・・・え???」
「君は、ただあの物件で好きなように髪結い処を営んでくれて良い。どうだ、こんな好条件は無いだろう?」
「え、いや、あの・・・?」
確かに好条件だが、山崎さん付きとは、一体・・・。
山崎さんに目を向けると、顔を真っ赤に染め上げて首を横に振り続けている。
「君の事はここに居る限られた幹部だけが知っていることになる。他の幹部や隊士は君を知らないし、君も知らない。心配することは何も無い。」
「え、ええ。や、でも・・・?」
土方さんに助け舟を出してもらおうと目を向けると、仏頂面で他所を向いてしまっている。これは、反論を諦めてしまったのかもしれない・・・。どうやら近藤さんは局長で、土方さんは副長だということらしいから、局長が決めてしまったことに反論は出来ないのだろう。
斎藤さんにも目を向けてみる。が、やはり無表情のまま、何を考えているのかさっぱり分からない。しかし、目が合うと小さく頷かれた気がする。
その頷きは、一体どういう意味ですか!?そこが分からなければ意味は無い。
「どうだろう、れい君!ここは我々を助けると思って、了承してはもらえないだろうか!?」
期待を込めた近藤さんの眼差しを一身に受けながら、これを断れる人は大物だ・・・と思った。
無論、小物のれいは早々に負けを認めて、小さく頷いた。
「はい・・・・・・。」
「そうか、受けてくれるか!いやぁ〜、良かった!ささ、みんな、飲もう!」
近藤さんが肩から手を離して、酒盃を天に掲げて一気に煽ると、みんなも真似をして酒盃を煽った。
れいは肩の重みが無くなり、体が軽くなったはずなのに、その場にストンと座り込んで呆然としていた。
物件は確かに欲しかった。
手持ちも無いから、半年分の家賃を払わなくて良いのはとても助かる。
けれど、これは何かが違う。
男つき物件・・・・・・???
たまにしか来ない男を家に上げる女が営む髪結い処????
どんちゃん騒ぎを聞きながら、れいは自分の動き出した運命の先に不安を覚えるのだった。





八木邸で話を聞いた翌日、壬生浪士組は「新選組」という名を承った。
そして、それから数日後、れいは髪結い処を無事に開店することとなる。






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