れいは土方さんの部屋を出ると、自分に割り当てられている部屋へと、ゆっくりと歩き出した。
あまりのんびりと廊下を歩いて居ると、誰かに見つかってしまいそうだが…早く歩けないのだから仕方がない。
そろそろ十二月になる。冬景色が広がっていても不思議ではないほどに寒い。今日は晴れているが、空に雲が広がったら雪になりそうだ。
今、斎藤さんは巡察に出ている。
永倉さんは剣術指南をしているらしく、原田さんも藤堂さんも一緒になって道場で騒いでいるらしい。
刀を振って何が面白いのか分からない。自分とは縁もゆかりもない物のはずだった。
なのに、何故か切った貼ったの世界の真ん中に来てしまっている。
しかも、その中の一人に恋をしている…。
何だかあまり現実味が湧いてこない…。
今までの日常とかけ離れているからだろうか。
毎日働いて、手にしたお金で日々を穏やかに暮らしていたあの頃と、そして、身を粉にして働いて稼いだお金を全てとられて、女中のような生活をしていたあの頃と。
そこまで考えて、思わず溜息を吐いてしまう。
夢を見る。
あの頃の夢、そして、あの日の池…。
何故、急にこんなに見る様になったのか…、分からない。
まさか、自分を同じ場所へ連れて行こうとして居るのだろうか…。
自分以外を愛する事など許さないと、そう言って居るのだろうか…。
「ふふっ、無い無い。そんな度胸も無い人だったもの…。」
視線を落として、足元を見る。
空の明るさを映して、廊下が光っている。
その茶色い輝きが、また現実味の無い日常へと誘う。
「何、一人で笑ってるの?気持ちが悪いんだけど。」
廊下を降りた先、庭から沖田さんが歩み寄ってくる。
沖田さんは少し苦手だ。この人は、自分の興味の有る無しで全てを判断する。
だからといって、自分の態度を変えてあげる義理は無い・・・。
「そりゃ、すいませんでした。」
沖田さんを睨み、そして顔を背けると再び歩き出す。
しかし、何の気まぐれか沖田さんが近寄ってくる。
「どうしたんですか?」
廊下の端に逃げつつ尋ねると、面白くなさそうに鼻に皺を寄せて、ふんっと鳴らす。
「別に。ちょっと身体がなまってきたから、斬らせてもらおうと思ったんだけどね。」
「はぁ!?」
思わず沖田さんを睨むと、彼は何を考えているのか分からない顔でジッと見つめた後、軒先に座り込んだ。
「身体がなまってきたって・・・、今永倉さんが剣術指南してるので、行ってきたらどうです?」
「そう言うのに興味無いんだよ。」
「興味無いって・・・、良いんですか?なまってるんでしょ?」
「煩いな。君には関係ないでしょう。」
「はい・・・。別に、関係ないですけど。」
足首を動かして草履をピコピコと動かす様子を見て、思わず近寄ってしまう。
「どうかしたんですか?」
「別に、どうもしないよ。」
口調の刺々しさが普段よりも強い。そこに含まれる苛立ちがとても感じられる。
「何に苛立ってるんですか?」
「別に、苛立っていないよ。」
「はぁ・・・、そうですか・・・。」
触らぬ神にたたりなし、触らぬ沖田に癇癪なし。
ここは、早々に立ち去ろう・・・と、踵を返した。
が、沖田さんがそのまま話しかけてくる。珍しさに、再び足を止めてしまう。
「ねぇ、君さ・・・。」
「はい?」
「何でここに居るの?」
「・・・・・・え?」
「ここで何してるの?」
「何してるって・・・。」
質問がどの部分に対してなのか、些か考え込む。
「屯所に居ることですか?それとも、廊下に居ることですか?」
「何で屯所に居るのかなんて、知ってるよ。僕が知らないとでも思っていたの?」
「・・・・・・いえ、思っていません。」
思わず溜息が出る。
どうやら、八つ当たりをされているらしいと分かる。
「土方さんと、何してたの?」
「今後の相談を・・・。」
「今後の相談ねぇ・・・。君みたいな厄介者なんか、さっさと斬っちゃえば良いのに。」
ピコ、ピコと動く草履が、沖田さんの足から飛んでいく。
「斬っちゃえって・・・、簡単に言いますけどねぇ。」
「簡単だよ。僕が斬ってあげるから、安心しなよ。」
「全然安心できません。勝手に斬ったりしたら、近藤さんに怒られますよ!」
「何で君が新選組を語るのかな。」
さっと、空気が冷えた気がした。
沖田さんの全身から棘が飛んできたかと思うほど、その空気は身体に痛く、心に悪い・・・。
「し、新選組を語ったんじゃなくて、近藤さんの・・・」
「近藤さんが、即ち新選組。」
言葉を遮るように、沖田さんが冷たく言い放つ。
「君は、新選組とは関係ないはずでしょう。それが、何でここに居るのかな。何で新選組を語るの?どうして近藤さんがどうするかなんて分かるの?ねぇ、本当にさ、今すぐに消えてくれないかな?」
沖田さんの視線は、庭先の小さな木に注がれている。それなのに、彼の殺気はれいを捕らえて放さない。
新選組一番の剣客という名は伊達ではない。
一歩でも動いたら、その殺気に切り裂かれてしまいそうで、れいは動けなかった。






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