夫が亡くなったことは、自分だけの責任ではないと、義母は言ってくれた。
それだけは救いだった。
けれど、それを表立って言えるわけが無く、表では弟をたてて自分に無関心を装う。
義母には感謝している。
けれど、限界があった・・・。
弟と妻子が店を切り盛りし始めると、とたんにお客が減り始めた。
仕事に不熱心な弟の腕は悪く、お客さんが文句を言って出て行くこともあった。
弟の妻にはまだお店に出るだけの腕は無い。
自分と義母が何とかしたが、それを良く思わない弟が一人で店を支配した。
仕方が無く廻り髪結いとして奔走する。
けれど、その収入は全てをお店に入れて、自分の生活は我慢の連続だった。
義母は廻り髪結いとして回る体力が無くなり、そんなに出て行けない。
かといって、お店に立たせてもらえず、どんどんお客さんは減っていった。
それを、自分が夫を追い詰めて殺した悪い評判が立っているからだと責められて、まるで女中のように扱われ始めた。
弟の妻は、そんな弟の言うことに従うだけで、何を考えているのかまったく分からなかった。
ただ、家のお金が段々と無くなっていくのを面白く思っていない様子は伺えた。
派手好みの彼女は、髪結いの地味な服装を我慢できなかった。
お店に居る間も派手な色合いの着物を着こなしてお客さんに見せるということだけにしか興味が無いように思えた。
次第に、お金が無いことの不満を零す妻に飽いて、弟が自分に言い寄るようになってきた。
それでも、何と誘いをかわしながら過ごしてきたが、ある日無理やりに押し倒された。
幸いなことに、義母が部屋に入ってきて事が発覚し、大事には至らなかったが・・・、義母には自分が誘ったように思われて、家を出るように言われた。
夫が亡くなってから、一年半と少しした頃だった。
夏の暑さが残る頃、義母と弟と、その妻子全員に、出て行ってくれと言われた・・・。
その後、しばらくは居させてもらった。
お金が無いのでは実家にも帰れないと言い、廻り髪結いとして必死にお金を貯めた。
そして、秋深まる頃、早朝に誰にも言わずにひっそりと家を後にした。
何に縋っていいのか分からなかった。
けれど、実家には帰れなかった。
姉夫婦と両親が一緒に住む実家には、既に自分の居場所は無く、邪魔はしたくなかった。
夫が亡くなったことで、とても心配をしてくれて、すぐに帰って来いと言ってくれた頃とは状況が違っていた。
姉夫婦の仕事が上手くいかず、実家で同居しながら毎日を暮らしている状況に、自分までが厄介になる気にはなれなかった。
一人で、何も考えずに居られる場所に行きたかった・・・・・・。
ただ、逃げただけなのかもしれない。
けれど、一人ででもやっていける!という意地も多分にあった。
駄目ならば、死んでしまえばいいんだ・・・と、諦めている部分と、一人で大丈夫だ!という意地とで、京まで一人でやってきた。
ただ、何故諦めていた自分の心に、斎藤さんが入り込んでしまったのか・・・、それが分からない・・・。
ただ、彼は自然と自分を受け入れてくれた。
そんな気がしたから、彼の前では気が緩んでしまった。
どうしても、我慢しきれない脆い自分が姿を現してしまう。
そうして、甘えて、わがままを言って・・・・・・、また、夫のように失うのだろうか・・・・・・。
それが怖い・・・。
一人は怖い、一人は寂しい・・・。
けれど・・・、結局は一人で・・・、朽ちていくのだろうか・・・・・・。
斎藤さんは自分のものでは無いと、そう言い聞かせながら、どこかで期待している自分もいる。
いつか、自分だけのものになるのではないか・・・と・・・・・・。
そんな自分が怖い・・・・・・。




れいが寝込んでから二日がたった。
丸二日寝込んでいるれいを心配して、みんなが顔を覗きに来てくれる。
そして斎藤さんは、あることに気がついた。
れいが苦しみ、涙を見せるのは自分の前でだけだと言うことに・・・。
偶然なのか、寝込んでいても気配を察しているのか、他の誰かが来ると静かになる。
そして、自分ひとりになると涙を流しだす。
自分が苦しめているのかとさえ思えてくる・・・。
「・・・・・・」
れいが握り締めている手を、ギュッと握ってきた。
咄嗟に両手で握り締めて顔を覗き込むと、苦しそうに呻いている。
「れい!?」
「・・・いで・・・・・・ひとり・・・いや・・・・・・」
頬に手を当ててゆっくりと撫でてあげるが、どんどん涙がぼろぼろと零れてくる。
何もしてあげられない自分の無力さに歯噛みする。
「れい・・・」
「さい・・・ぅさん・・・・ぃかないで・・・・・・」
「ここに居る。大丈夫だ。ここに居る。」
斎藤さんがそう声をかけると、れいの瞼がピクリと動いて、そっと目を開ける。
「れい!!?」
「・・・・・・?斎藤さん・・・?」
「ああ。俺だ!」
目線だけを動かして、辺りを探る。
そして、再び斎藤さんに戻して微笑む。
目尻からぱたぱたと涙が伝う。
「斎藤さん・・・・・・」
その微笑に、強さと儚さを感じて、胸がギュッと緊張する。
「良かった・・・。・・・・・・良かった・・・・・・。」
そう呟いて微笑みながら、涙が流れ落ちていく。
開いている手を伸ばして斎藤さんの髪の毛に触れて、頬に触れる。
その手に自分の手を重ねて、れいの体温と、動き、声、全てを味わう。
「ずっと・・・、夢・・・見てた・・・。」
「夢?」
「何度も、何度も・・・、終わらないかと思った・・・。」
何度も寝ながら、泣いて呻いて苦しんでいるのを見ていただけに、微笑んで告げる優しい声音の裏側に不安と恐れが潜んでいるのを理解する。
「でも、斎藤さんに会えた。」
「・・・。」
「良かった・・・・・・。ここに居た・・・。」
斎藤さんは、れいを抱き起こして腕の中に閉じ込めると、力いっぱい抱きしめた。
「いたたた・・・、斎藤さん、苦しい・・・。」
「心配した。」
「本当に?」
「当たり前だろう・・・。お前が居なくなってしまったら、どうすればいいのか・・・、分からなくて・・・・・・」
「ふふ、これくらいの傷で死んだりしないよ。」
「それでも、この二日、生きた心地がしなかった・・・・・・。」
斎藤さんが肩口に顔を埋めて呻くように言うのを聞いて、れいは斎藤さんの背中をそっと撫でた。
「心配かけてごめんなさい。」
囁いて、斎藤さんの頬を両手で撫でる。
斎藤さんがれいの頬を撫で、お互いに、そっと触れるだけの口付けをする。
「斉藤さんの方が、病人みたいな顔してる・・・。」
頬を突いて、微笑んで言うれいの姿を見て、斎藤さんの瞼の裏に染み付いた赤が散っていく・・・。






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