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その夜、八木邸の母屋では小さいながら賑やかな宴が催されていた。
八木家の人々は遠慮をして宴が催されている部屋には居なかったが、子供たち二人は時折顔を出して去っていく。
壬生浪士組の幹部が数名集まって、酒とつまみに舌鼓を打って談笑している。
れいは、その中に居る自分を不思議に思っていた。
ここで聞ける言葉は全て江戸の言葉だ。自分が江戸に戻ったような気になってくる。
「どうした、れい君。もっと食べないと駄目だぞ〜!」
少し酒が回っているのか、呂律が怪しくなった近藤さんが話しかけてくれる。
「いえ、食べていますよ。美味しいです。」
力仕事をしている大の男たちと食事の量を一緒にして欲しくない。
さっきから結構食べていて、お腹は満腹膨らんでいるのに、もっと食べろ!とお皿に盛られてしまう。
「そうだよ〜、れいちゃん。ちゃんと食べないとその胸、へっこんじまう!っかぁ〜、勿体無ぇ!!」
「余計なお世話です。」
勿体無い・・・と言いながら胸に寄せてくる永倉さんの手をピシャリと叩いて避ける。
食事時になると、何かを嗅ぎ付けて数名の男性が姿を現した。
それが、先ほどの永倉さんと、原田さんと藤堂さんだった。
そして、その後に子供たちと遊びつかれて帰ってきたのが沖田さん。
みんな、壬生浪士組の幹部だというから驚きだ。
幹部というからには、きっと強いんだろうと思うけれど・・・、この様子を見る限り、あまりそうは思えない。
「れいちゃんの胸、触りてぇなぁ〜、柔らかそう!」
れいは、未だに自分の胸の大きさを喜んでくれる永倉さんを睨み付けて、スッと立ち上がる。
「お?なんだ、便所か?付き合ってやろうか?」
永倉さんの横に座っている原田さんが冗談を言ってくる。原田さんは酔っているけれど、節度を守ってくれる紳士的なところがきちんとあるらしく、それが冗談だと分かるように言ってくれている。
「残念ながら、違います!」
「行くなら言えよ。連れて行ってやる。」
「はいはい、その時はこっそり行きますので。」
苦笑いで返すと、酒盃を上げて挨拶される。気障ったらしい行為が似合う色男だ。
れいは土方さんと斎藤さんの間に割り込んで座る。
土方さんとはあまり話したくなかったが、この中では一番安全な場所な気がした。
「なんだ、お酌ならいらねぇぞ。」
「お酌なんか、しませんよ。土方さん、呑まないじゃないですか。」
れいの言葉に、土方さんが一瞬固くなる。
「あれ?呑んでるの、お茶ですよね。」
「・・・・・・ああ。」
れいは、土方さんの後ろに置いてある急須に残ったお茶を自分で持ってきた湯飲みに注いだ。
「お前、あの物件のこと何も言わないんだな。」
「・・・・・・ええ。もう言っても仕方ないですから。他を探します。」
「潔いな。」
「そうでもないです。まだ、腸煮えくり返っています。特に、再会した時のあの馬鹿にし様が。」
「あぁ、あれは・・・・・・悪かったな。」
土方さんが小さく詫びるのを聞いて、れいは目を見開いた。
土方さんを見上げて、反対側の斎藤さんを見上げる。
「副長はあの後、心配で少し辺りを捜し歩いたんだ。」
斎藤さんがボソリと説明してくれる。
「斎藤!お前、何言いやがんだ!」
「それが、局長と手を繋いで現れたことで、安心してあんなことを言ったんじゃないか。」
「斎藤!!」
土方さんの声が聞こえないかのように呟き続けると、酒盃を煽って一気に中身を飲み干す。
顔がかなり赤くなっているから相当量飲んでいるのだろうけれど、なぜか一向に様子が変わらない。
「お前酔っ払って口が軽くなってんだろ!」
「・・・・・・自重します。」
そう言いながら、手酌で酒盃に酒を満たす。自重していなさそうだ。
れいは土方さんに向き直ると、じっと見つめた。
土方さんのお酒を呑んでいない頬がほんのりと赤く染まっているように見える。
「そうなんですか?」
「あんなふらふらな状態で出て行かれたんじゃ、後味が悪いからな・・・。」
「なら・・・・・・、あの物件譲ってください。」
「無理だ。」
「即答ですか。」
「当たり前だろう!」
チッと心の中で舌打ちして、お茶を啜った。
そして、少しだけ気になっていることを聞いてみることにした。
「あの・・・。」
「なんだ?」
「何で、私はずっと沖田さんに睨まれているんでしょう?」
「ああ・・・・・・。あいつのことは気にするな。ああいう奴なんだ。」
「ああいう奴ですか・・・。」
ああいう奴・・・とは、どういう奴だ。
初対面からずっと睨まれている。けれど、話しかけても来られない。だから無視していた。ここに長居するつもりもないし、これ以上関わりが出来るとも思わなかったから気にしないようにしていたけれど。
やっぱり、居心地が悪い。
「気にするな。あれは嫉妬しているだけだ。」
斎藤さんが、またボソリと教えてくれる。
「嫉妬ですか?」
「ああ。局長と副長を取られたんで、妬んでいるんだ。」
「・・・・・・別にとっていませんけどね。」
衆道とは、武士における真の恋という名の男同士の関係のことだ。別に武士ならば普通のことらしいけれど・・・・・・。
「土方さんも近藤さんも、そっちの趣味の人だったんですね。しかも、三角関係だなんて・・・、それで真の恋って言えますかねぇ。」
「違う!そんなんじゃねぇ!斎藤も適当なこと言ってんじゃねぇ!」
土方さんが怒鳴り散らしてくる。それを耳を塞いでやり過ごすと、再びお茶を注ごうと急須を持ち上げて、中身が空になっていることに気づいた。
「あ、私、お湯貰ってきますね。」
「ああ。」
「うむ。」
二人の返事を聞いて、立ち上がると襖を開けて廊下へ出た。
確か、お勝手はこっちだったはず・・・と向かう先に、どうしてだか中庭が出てきた。
「あれ・・・・・・。」
お酒は飲んでいない。だから酔っ払っているわけではない。
「参ったなぁ〜。」
急須を片手に、空を見上げる。
半分だけになった月が空で輝いている。京に来たときは満月で、それから新月を一回過ごしているから、もうすぐ一月になってしまう。
宿代だって、底をついている。これ以上使ってしまうと物権が借りられない。
実家に帰ると迷惑がかかると思って京まで出てきたけれど、ここに来て一気に郷愁の念にとらわれ始める。
江戸の言葉を聞きながらみんなの賑やかさに触れてしまって、余計にそう思うのかもしれない。
実家のみんなも、親族が集まると何かと宴会を開いていたのだ。それが懐かしくて、少し胸が苦しくなる。
「どうした・・・。」
ふいに、後ろからボソリとした声がかかる。この声を聞いただけで斎藤さんだと分かってしまう。
れいは頬に流れた涙を拭って、笑顔で振り向いた。
「すいません、お勝手に向かってると思ったんですけど、間違っていたみたいで、途方にくれていました。」
「そうか。副長が遅いと心配していた。」
「どうせ迷子になっているんだろうと呆れていたの間違いではなくて?」
「・・・・・・言い方はキツイが、あの人は優しい人だ。」
斎藤さんが、土方さんのフォローをするのを聞いて、信頼関係で結ばれているんだな・・・と羨ましくなった。
羨ましくて、また少し涙が出てきた。






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