土方さんの背に揺られながら、れいは今更ながらいろいろな所が痛むのに気づき出した。
両腕が痛い、擦った足も痛い、捻った足首は勿論ズクズク脈打つように痛い…。
必死で我慢しながら、土方さんに話しかける。
「結局、何人捕まえたんですか?」
「七人だ。」
「そうですか。じゃあ、一人は確実に足りないですね…。」
「本当か!?」
「はい。私が聞いた名前は、八人分はありましたから。」
「ちっ、逃がしたか…。」
土方さんが舌打ちする。
「土方さん、迷惑かけてすいませんでした。」
「ああ?別に迷惑なんかかかってないぜ。お前の情報のお陰で、不貞浪士を捕まえられたからな。」
「でも、私が居なければ、土方さんは自分で役所に連れて行きましたよね。」
「ああ、まぁ。そういや、お前は何であそこに居たんだ?逃げたって、どうやって?」
「はぁ。」
れいは曖昧に返事をして、思い返す。
「しつこいお客さんに、遊郭廻りの仕事帰りに待ち伏せされて、殴られて気絶させられたんです。」
土方さんが、れいの足を掴む腕に力を込めた。
「それで、気がついたら柱に縛り付けられて居たから、帯に隠した剃刀で縄を切って逃げ出したんです。でも、床が鳴っちゃって見つかっちゃったから、一番近い障子を木枠ごとぶち抜いて、高床から飛び降りて逃げたんです。」
「お前…。」
「でも、追いつかれちゃったから、木を掴んで堪えたけど無理で…、男の腕を切りつけて逃げたら、背中を殴られて吹き飛ばされて、そこに土方さんが居たんです。」
土方さんが、声を詰まらせる。しばらくの沈黙の後、息を吐き出して、後ろのれいを見る。
「よく、頑張ったな。」
その一言で、身体に急速に力が入らなくなって来る。
肩に置いた手が、少しずつ滑り落ちる。
前方から誰かが駆けて来る音がして、土方さんを見つけると近寄って来た。
「副長!れいが!!」
「ああ、れいなら無事だ。安心しろ。」
どうやら斎藤さんのようだ。声でわかる。
一目顔を見て安心したいのに、目の前が暗くなって来る…。
「おい、重いぞ!しっかり掴まれ!」
「土方さん…、なんか…、くらくら、する…」
頭がガクリと後ろに倒れて、そのまま落ちそうになるのを斎藤さんが抱き起こしてくれる。
が、れいの意識は既に無く、掴んだ腕がぬるり、と滑る感触で、出血をしている事が分かった。
「れい!!?」
「この怪我!袖に隠れて見えなかった…!痛みを我慢してやがったのか!」
すぐに止血をすると、反対の腕も確認する。
障子を突き破る時に、木枠の破片で切ったのだろう切り傷が何本も走っていて、逆ほど酷くはないが、こちらも出血している。
急いで止血をして、斎藤さんが横抱きにして持ち上げると走り出した。
「誰か!松本先生を呼んで来い!」
「はっ!」
土方さんの号令で、隊士が二名掛け出す。
松本先生の所まで行くよりも、先に屯所で応急処置をした方が良いと一瞬で判断して、斎藤さんに並んで走り出す。
無事だったと知り、喜んだのも束の間、屯所までの長い道のりを、斎藤さんは心が冷える思いで走り抜けた。




屯所に駆け込み、幹部連の部屋が集まる中の一室にれいを寝かせると、後ろから土方さんが一連の指図をしながらついてくる。
部屋の明かりの中でれいを見ると、血を失って顔色が悪くなっている。
斎藤さんは、れいの袖をまくり、どこまで傷ついているのかを改めて灯りの中で確認をする。
襦袢は血が染み付いて赤く染まっている。
裾を捲り上げて足の傷も確認する。
足は、膝と脛を擦った程度で足首の腫れほど酷いものが無くて安心する。
足袋を脱がして、足首を締め付ける物を無くした頃、水桶と清潔な布を持った藤堂さんと千鶴ちゃんが駆けつける。
「何があったんだよ?」
水桶を抱えながら、そう声をかける藤堂さんが、部屋の中に横たえられているれいを見て言葉を失う。
「れいさん!?」
千鶴ちゃんが駆け寄り、手の傷を顔を歪めて看始める。
「千鶴、松本先生が来るまで、お前に頼めるか?」
土方さんが確認すると、一度喉を鳴らし、頷く。
「あの、腕は止血がしっかりしてあるので、先生が来るまでこのままの方が良いと思います。足の傷を早く洗わないと、泥で化膿しちゃうと思います。そっちを・・・。」
「手伝おう。」
藤堂さんが水桶を足元へ持ってくるのを受け取り、れいの足を持ち上げて水に浸す。藤堂さんがれいの白い足を見て、思わず顔をそらす。
千鶴ちゃんが布を濡らして優しく擦るが、中に入り込んだ泥までは取れずに焦っている。
「こういうのは、タワシでゴシゴシ擦って落とすんだよ。」
見かねた土方さんが千鶴ちゃんから布を奪い取ってれいの足を擦りだした。
足がビクリと力を取り戻し、れいの腕が微かに持ち上がる。
「っ・・・!!!」
土方さんの手から足が持ち上げられ、そのまま打ち付けられる。
「痛い〜〜〜!!痛い!何!?」
「お前・・・、良い度胸してるじゃねぇか・・・。」
「気がついたか!!?」
足に打たれて、土方さんの眉間に皺が寄る。
それに気づかず、斎藤さんがれいを覗き込んで安否を確認する。
と、れいの瞳から涙がボロボロ流れて、苦悶の表情を浮かべ、唸りだす。
「んぅぅうううう〜〜!!!」
土方さんが、れいの足を強く掴んで、残った汚れを落とすと、反対の足も洗い出した。
「すまん、我慢してくれ・・・。」
斎藤さんが申し訳なさそうにれいを抑えつける。しばらくそうして洗われていたが、土方さんが布水に落とし、足を下ろしてくれる。
ホッと息を吐いて、千鶴ちゃんに包帯を巻かれるのを見て、辺りを見渡す。
「あれ、ここ・・・?」
「屯所だ。」
斎藤さんが短く答えてくれる。
斎藤さんを見上げて、身体を起こそうと肘をついて、痺れるような痛みに再び倒れこむ。
「すまん、まだ大人しくしていてくれ。」
「まったく、無茶な逃げ方しやがって!!」
「なぁ、一体どうしてこんな怪我したんだ!?」
「れいさん、一体何があったんですか?」
みんなが口々に言ってくるが、ただみんなを見回すだけで、何故こんな怪我をしているのか、自分でもよく分かっていない。
「何で・・・・・・?え?怪我・・・、どこ・・・?」
手を持ち上げて、止血されている自分の腕を見て、斎藤さんを見て、土方さんを見る。
「これ・・・・・・、障子の木枠で切った・・・の・・・かな?」
土方さんを見て、何度か目を瞬く。
「俺に聞かれても知らねぇよ。お前が気を失ってから気づいたんだ。お前が知らなきゃ、誰も知らないだろう。」
はぁ・・・と溜息をついて、少しだけ時間を置く。
斎藤さんが心配そうに手を握ってくれる。
「多分・・・、そう。必死だったから、分からなかったけど。多分、あの時、痛かった・・・・・・。」
れいの声が段々と小さくなり、ふつりと途絶えた。
斎藤さんが慌てて口元に耳を持っていくと、呼吸音が聞こえてくる。
「また、気を失ったようだ・・・。」
脱力して、畳に手を着くと、ギュッと握り締める。
斎藤さんの目の裏に、鮮やかな赤い血の染みがついて、放れなかった・・・・・・。






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