ふと、寒さで目が覚める。茫洋とした意識の中、男達の声が聞こえてくる。 何やら真剣に話し込んでいて、まだこちらに気がついていないようだ。 薄っすらと目を開けて辺りを探る。 前に言っていた古寺のようで、障子も破れ放題で、所々朽ちている。 その向こうに目をやると、月が見える。大分昇っていて、辺りの暗さが伺える。 長い事気を失っていたのかもしれない…。 れいは柱に縛られているらしいが、腕は拘束されておらず、帯を触る事が出来た。 風呂敷を投げる前に忍ばせた剃刀を何とか取り出して、縄を切り裂く。 音がしない様にゆっくりと、起きている事に気づかれないようにひっそりと…。 男達の灯りは小さく、ここまで届かないことも幸いした。 自分が逃げるなどと思っていないようだ。 男達の声は、どうやら何処かを襲う計画を立てて居るらしく、その準備の分担に入っている。 名前の後に物資を言い渡す。 それを覚えながら、縄を慎重に切る。 二本切った所で、抜け出せるほどの緩さになり、ゆっくりと身体から放す。どうやらまだ気づかれていないようだ。 少しだけ息を吐き出して、ゆっくりと立ち上がる。 が、ギシッと床が鳴り、一斉に振り向かれて、れいは慌てて障子に走り寄り、突き破って外に飛び出した。 高床を飛び降りて、男達が居ない方へ走る。 裏門が見え始めたところで、一人の男に追いつかれて押し倒される。 「お前!逃げるんじゃねえ!どこから聞いてやがった!?」 「やっ、離して!!」 引き摺り起こされて、連れ去られそうになるのを、近くの木を掴んで堪える。 しかし、男の力は強く、すぐに引き剥がされてしまう。 男に腰を抱き上げられて持ち運ばれそうになって、先ほどの剃刀を取り出して、男の腕を切りつける。 「いってぇ!!」 肉を切り裂く嫌な感触がして、思わず顔が歪む。 れいを取り落として腕を抑える男の後ろから、更に数人が追いすがって来る。 慌てて走り、 裏門を出る所で、背中を殴られて少しだけ前に飛ばされる。 「っくぅ!!」 痛みに呻き、そのまま地面に倒れ伏してしまう。 「そこまでだ!!」 大音声が響き、数人の足音が近づいて来る。 男達が方々に散るのを手分けして追いかける指示を出して、怒鳴った人物がれいの元に駆け寄る。 「大丈夫か!?」 「う…、大丈夫…です。」 背中の衝撃は、鈍い痛みを残していて、少ししたら痣になりそうだ。 それよりも、倒れた時に擦った擦り傷のほうが滲みる…。 顔を上げて助けてくれた人を見て、苦笑いをする。 「あぁ、やっぱり、土方さん…。」 「お前、れい!?こんな所で何やってるんだ!!」 「何って、逃げ出したんだけど。」 「何で逃げ出す様な事になってるんだ!」 「知らないよ!しつこいお客さんから逃げようとしたら捕まって、気づいたらここに居たんだから!」 「はぁ、お前は…、どうしてそう、厄介ごとに巻き込まれるんだ?」 れいの腕を引っ張って立たせながら、土方さんが溜息をつく。 「土方さんは、何故ここに?」 「お前の報告を読んで、古寺を警戒して回ってたんだ。」 「そう、有難うございます。お陰で助かったのね。」 捕物騒ぎでざわついている辺りを見渡して、れいは安堵の溜息をもらした。 一歩、足を踏み出して、強烈な痛みに再び蹲る。 「うぎゃぁ!!」 足首が痛む。必死に逃げている時に、挫いたのかもしれない…。 「何やってやがんだ!」 土方さんが見兼ねて肩を貸してくれる。が、背丈が合わなくて全然助けにならない。 「ったく、仕方ねえなぁ…。」 何度目かの溜息をついて、しゃがみ込んで背中を差し出して来る。 「ほら、乗れ。」 「い、いえ!滅相も無い!!」 「いいから、乗れ!さっさと捕まえた奴らを引き渡しに行かなきゃならねえんだよ!」 れいは、少しだけ考え込んだ。 ここで土方さんの背に乗ると、後々言われそうだが…。 「ぅぅ、すいません…。」 痛む足には敵わず、そっと土方さんの背中にしがみついた。 斎藤さんの顔が思わず浮かんで、心の中で謝る。 「あ、あの、お礼と言っては何ですが、彼らの名前、覚えました。」 「本当か!?」 「まぁでも、彼ら同士の呼び名なので、あてにはならないかもしれませんが…。」 「いや、良い情報だ。屯所で詳しく聞く。このまま行くぞ。」 「こ、このまま!?いや、お、降ります!」 この状態を斎藤さんに見られたくない! そう思うが、土方さんが意地悪く、痛む足首をギュッと握る。 「ぎゃあぁ!酷い!」 「痛むんだろ?だったら、大人しく背負われていろ。」 「…はい。すいません…。」 土方さんは、手早く隊士達に指示を出して捕らえた男達を連れ去ると、れいを背負って手空きの隊士達と屯所に戻った。
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