数日後、飛脚に手紙を託して、れいは遊郭へと足を運んだ。
以前、すったもんだ有った小雪太夫が、未だに懇意にしてくれている。
問題の太夫は、知らぬ存ぜぬを通しているが、どうやら長州勢の密会場所として使われていたようで、天神も一度は疑われたが、情報の乏さから、ただの場所として使われたのだと判断を下されて、未だに遊廓で遊女をしている。
自分のお得意さんが居なくなった事は残念がっていたが、他の女に懸想して離れたのでは無いと分かると、機嫌を直した小雪太夫が、少しだけ淋しそうな目をしていた事を思い出す。
「ねぇ、小雪太夫?」
「なんどす?」
「最近は、剃髪の蘭方医は来ない?」
「なんや、知り合いのお父さん探し、まだ解決してへんのかいな。」
「ええ。全然手がかりが無くて…。」
「遊廓に出入するようなお人やおへんのやないの?」
「そうかもしれない。」
「な、それよりも、れい!あんたはん、結婚せんの?」
「結婚!?」
小雪太夫は、どうしてかれいの恋の世話を焼きたがる。
何故かは分からないけど、遊女じゃなければ、好きに結婚が出来ると思っている節がある。
「結婚…ですか…。」
「なんや、その気ぃの無い返事。」
「まあ、そんなに、簡単では無いですよ。廓の中も、外も。」
「なんや、そうなん?」
「ええ。私みたいな身分の無い女は、高望みは出来ないですし。」
「高望みて?」
「小雪太夫みたいに、武家の方に嫁いだり、大店の旦那に身請けされたり、です。」
「そんなん、こっちの気持ちがあらへんかったら、意味無いし。」
「同じです。気持ちが無くても、親が決めたら嫁ぐんです。」
「そんなん…。」
小雪太夫が、眉尻を下げて落ち込んでしまった。
れいは慌てて弁解をする。
「あ、あの!でも、私は好きな人に嫁ぎましたよ!」
「え、れいは結婚してはったん!?」
「はい。まあ、死に別れましたけれど…。」
小雪太夫が美しい顔を歪めて振り向くと、れいの頬に細くてしなやかな指を当てる。
「あんたはん、苦労してはったんやね。」
「小雪太夫ほどじゃ無いです。最近、元気が無いですね。身請け話のせいですか?」
「身請けなんて…、好いた男やないと、意味無いし…。」
「好きな人、居るんですか?」
「…。」
小雪太夫が、視線を俯けて黙ってしまった。
「私も、居ます。でも、仕事大事な人で中々逢えないし、女より仕事が一番!って人で…。」
小雪太夫が、俯きながら聞いている。
「でも、好きになって良かったと思ってます。これから先、その人が誰かを本気で好きになったりするかもしれないし、私なんかただの気まぐれかもしれないけど、誰かを好きになれて、本当に良かったって思ってるんです。一度、愛する人を亡くしたから、余計に思います。」
「れい…。」
「だって、本当に、その時はもう一生誰も好きにならないって思ったし、好きになれないって思ったんですよ。なのに、すっと自然に心の中に染み込んで来ちゃって、ビックリですよ。」
小雪太夫の髪は結いあがっている。それでも、後ろから髪を撫で付けて、語りかける。
「だから、嫉妬はするし、醜い心が溢れて来ちゃうけど、本当に大事だから、もう無くしたくないから、その人が幸せなら、それを手伝おうって…、思うのに、何でかうまく出来ないんですよね!」
苦笑いをして、小雪太夫の顔を覗き込む。
そのきめ細やかな肌と美しい容貌に魅入って、自分もこれだけ美人なら、仕事よりも大事にしてもらえただろうか?と、少しだけ思う。
「れい、おおきに。身請けの話、逃げないで真剣に考えてみる。」
小雪太夫が儚く笑い、れいの手を握り締める。
れいは小さく頷いて、遊廓を後にした。
少しだけ歩いて、前から歩いて来る男を見て顔を歪める。
「れいちゃん!」
店でしつこく誘って来るあの男だった。
「探してたんだよ!今日は店がやってなかったから、こっちだと思ったよ。」
そう言って手を振りながら近寄って来る男に会釈をして踵を返すと、男が慌てて追いすがって来る。
「待ってよ!ここで会えたのも何かの縁!甘味処、付き合ってよ。」
何かの縁も何も、さっき自分で探してたって言ったばかりだ。
「いえ、これから店に戻って、店を開けなきゃ。」
「もう暗くなるじゃん。店なんか出来ないよ。」
後をついて来ながら、男が空を指差す。
確かに、最近は暗くなるのが早い。おかげで、商売をする時間が短くて困るのだが…。
「じゃ、夕飯を作らなきゃ。山崎さんも帰ってくるし。」
「山崎って、最近全然来ないじゃん。」
「今日は来ます。」
何故、全然来ないのを知って居るのだろうか…。不審に思いながら、男を横目で盗み見ると、男が腕を掴んでくる。
「やです!行きません!」
「そう言わないでさ!」
「帰ります!」
「俺さ、嫌がられる程燃えるんだよねー。」
男が嫌な笑みを浮かべる。
れいは背中にひやりと汗が伝うのを感じた。
この男は、危ない…。
本能が警鐘を鳴らす。
人通りが疎らになる時間帯に声をかけて来る狡猾さも、恐ろしい。
「いや!!」
男に向かって投げる風呂敷が、道に転がって一度だけ揺れる。
男は暗闇に向かってれいを突き飛ばすと、そのまま首の後ろに手を振り下ろして、口に布を巻きつける。
意識が遠のくなかで、斎藤さんの怒った顔が思い浮かんだ。
ごめんなさい、また、迷惑かけちゃってる…。






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