「なに、そんなに物欲しそうな顔してるんだ?」
暖簾を潜りながら、男の人が声をかけて来る。
「あら、いらっしゃいませ。」
一月に一度は必ず訪れてくれる常連さんの一人だった。
「この前来たら、閉まってたぜ。どうしてだ?」
「この前?遊郭に髪結いに行く時は、店を閉めますから。その時かしら?」
「なんだ、最近は廻り髪結いもしてんのか。大変だな。」
「大変ですよー。今日は?どうしますか?」
「ああ。全部やってくれ。」
「はい。」
自分の前に慣れた様子で座って来る男の月代に剃刀を入れる。
「なあ、あんた、本当に山崎って奴となんでも無いんだな?」
「山崎さんですか?私の用心棒です。」
「またそんな事言って。本当は何なんだ?何処ぞの旦那で、不倫とかしてんじゃねえのか?」
「不倫ですか?不倫は嫌いですよ、私は。」
「へぇ。」
男が、髪を剃られながらしきりに話しかけて来る。
「次は、いつ来るんだ?」
「何がですか?」
「山崎だよ。」
「いつでも、です。」
「いつでも、ねぇ。」
さっきのお客さんの忠告では無いけれど、何となく一人きりだと言わない方が良いということくらいの防衛本能はある。
狙われる事など無いと思うが、新選組と関わっている以上、何か起きたら迷惑がかかってしまうからだ。
「な、れいちゃん!」
「はい?」
「今度一緒に甘味処に行かないか!?」
「仕事で忙しいので、申し訳ないですが…。」
「そんな事言わないでさ!山崎が旦那じゃ無いなら、問題無いだろ!」
問題は大有りだと思うんだけれど…。
「お客さんと、外出なんか出来ません。」
「客じゃなきゃ良いのか?」
「もう、そうじゃ無くて…。」
髪を剃り終えて、剃刀を脇に退ける。そして、前に回り込んで髭を剃る用の小さな剃刀に持ち替える。
「ちょっと静かにして下さいね。」
上向かせて、髭を剃り出す。
流石に黙ったが、目線がずっとれいを追う。
いつもの事だが、このお客さんは中々軽い。前、何処かの団子屋で、同じ様に中居を口説いていたのを見た事がある。
さっと剃り終えると、髭と月代の毛を払う。そして、後ろに戻って髷を結い直す。
「なー、良いだろ!奢るからさ!」
京の出身では無いらしいこの男は、べらべらと何時までも誘って来る。
「無理ですって。毎日仕事で、それどころじゃ無いですから。」
「一日位良いじゃねえか!」
拗ねたように言う男に、気まずくて話題を変える。
「最近は何処で遊んでるんですか?京に家が無いんでしたよね。」
「ああ。最近は、川沿いの風流な宿で流れを見たり、古寺に隠れて男共と語り明かしたり、だな。」
「古寺に?何でそんな所で語るんですか?」
「あの、幽霊でも出て来そうな雰囲気がたまらないんだよ!」
「ふぅん…。女には分からない感覚ですねぇ。」
「ま、そうだろうな!」
結い上げた髪を整えると、男がゴロンと、れいの膝の上に横になる。
「あ、枕はこっちですってば!」
「良いじゃねぇか。」
「良く無いですって。」
「ほら、早く済ませてくれ。」
「や、もう、手が邪魔です!」
男は調子に乗って、れいの腰に腕を回して抱きしめて来た。その手を叩いて退けるが、再び抱きしめて来る。
「これじゃ出来ないです!」
「いいぜ。このまま朝まで明かそうぜ。」
「嫌です!もう、調子に乗ると、出入禁止ですよ!」
剃刀をかざして見せると、男は渋々と手を離した。しかし、枕は変えてくれない。
れいは仕方無くそのまま耳掻きを始めて、何時もよりも早く綺麗にすると、反対を向かせた。
「何だよ、早いんじゃねえか?」
「もう、綺麗ですよ。これ以上やると、耳の中が傷ついちゃいます。」
「ちっ。」
舌打ちをすると、大人しく耳掻きをされる。
そちらも素早く仕上げると、れいは容赦無く立ち上がった。
ごろり、と転げ落ちて、男が顔を上げる。
「何だよ、酷いな。」
「調子に乗るからですよ。終わりました。金子を置いて、お帰りください。」
「お、怒ったのか?怒った顔も良いねぇ。」
懐から金子を取り出して、れいの手に握らせる。
「なぁ、本当に行こうぜ!甘味処!」
そのまま手を引っ張られるが、その時ちょうど暖簾を潜ってお客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませ。」
「ああ。今日も頼むよ。」
「はい。」
次のお客さんに微笑んで、男の手を振り払う。
男はつまらなそうな顔を向けて、店を出て行った。
「有難うございます!」
声だけ掛けて、次のお客さんを案内する。
助かったと、安堵の息を漏らす。
たまに、ああしてしつこいお客が居る。大体はつれなくすれば引き下がってくれるのだが、たまに本当にしつこい人がいる。さっきの男もだ。
山崎さんが居ない時を狙ってやってくるから、益々達が悪い。
れいは、その日の夜に情報の伝達のための手紙を書いた。
まだ飛脚に頼むほど情報は集まっていないが、忘れる前に書き記す。
昼間の、しつこい男はどうしようか…、少しだけ悩んで、書き記す事にした。男が古寺に集まって語る事が、悪い事じゃなければ良い…と願いながら。
相変わらず綱道さんの行方は全く掴めないでいる。
千鶴ちゃんに報告出来れば良いのだけれど…、無力感に苛まれそうだ。






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