鮮やかなり
天が高く、風が冷たくなった頃、山崎さんが近藤さんと伊東さんと一緒に広島へ行くことになった。 さすがに、今回は長期の出張になるので、不在を告げられた。 出立の日の見送りは出来ないが、予定の日、外に出て空を見上げて無事を祈った。
それから数日、れいはいつも通りの毎日を送っていた。 遊郭に呼ばれれば髪を結いに行き、呼ばれなければ店で髪を剃り、時折お客さんに物を尋ねて、遊女の噂に耳を傾ける。 「あの、ごめんください!」 暖簾越しに声をかけられて振り向くと、そこから千鶴ちゃんが顔を覗かせていた。 後ろに、長身の白い影が見える。おそらく、原田さんだろう。 「あら、いらっしゃい。どうしたの?」 お客さんの月代を剃りながら尋ねると、少しだけはにかんで入ってくる。 「ちょっとだけ待ってくれる?このお客さん、あと少しで終わりだから。」 「なんや、もう終わりかい?もっと一緒に居させて欲しい思うわ。」 「じゃ、また来て下さいね。いつでも待ってますからね。」 そう言うと、月代を剃り終えて、髪を結い直し始める。 「れいちゃんの虜は、ここら辺に仰山おるんやで。」 「本当ですか?またそんな、持ち上げたってまけませんよ。」 「そんなん、持ち上げて言うてるんやないて。ほんまや。」 「ふふ、有難うございます。」 「信じてへんやろ。」 「信じてます、信じてますよ。」 キュッと紐を結んで、先を整える。これで終わり、とお客さんの肩を軽く叩く。 「ほんま、気ぃつけぇ。山崎さんかて、毎日居るわけやないみたいやし。」 「はい、分かりました。」 お客さんのお小言を聞き流して、金子を受け取る。 お客さんを店先に送り出して、千鶴ちゃんを振り返る。 「お待たせ。どうしたの?」 斎藤さんと千鶴ちゃんの関係を勘繰るのをやめた。 斎藤さんがそれほど器用ではないことは分かっている。もし、彼女のほうに行くならば、それは本気だ。その後に自分がどうこうしても、もうどうにもならないだろう・・・。 「あの、山崎さんの荷物、残っていないですか?」 「山崎さんの?有るけど・・・。山崎さんに何かあった・・・とか・・・?」 「あ、違います!あの、薬が無いかと思って・・・。」 「薬・・・?そうねぇ、薬・・・。」 薬と言えば、確かに何かを処方している所を何度も見ている。 「待ってて、見てくるから。原田さんも、外に居ないで中に入って。お客さんが入って来辛いでしょう。」 「あ、ああ。」 気まずそうに原田さんが長身を屈めて店内に入ってくる。 それを見届けて、部屋に戻る。そして、山崎さんの荷物を入れている小さな籠を引き出す。 「探っていいのかな・・・。」 そう思ったけれど、籠を開けて、一番上の書置きを読んで胸を撫で下ろす。 『新選組の面子が薬を取りに来たら、これを渡してくれ。山崎』 書置きの下に、布に包まれた膨らみがある。 「これか?」 それを手に持って、お店に戻る。 「これかな?」 書置きごと、千鶴ちゃんに渡す。 「山崎さん、屯所でも寝泊りしているでしょう?何でここに置いたのかな。」 「屯所じゃ、薬を調合するような暇は無いからな。」 「そうなんですか?そんなに忙しいんですか?」 「忙しいというか・・・、慌しいというか・・・。」 原田さんが教えてくれる。 しかし、なぜか緊張している様子。 「原田さん、どうしたんですか?」 尋ねて、千鶴ちゃんを見ると、千鶴ちゃんも首をかしげている。 「来る前は、こんなじゃなかったですよ。」 「そうなの?いつから?」 「ここに、着いてから・・・?」 ふぅん・・・と頷いて、原田さんに近寄る。 「な、何か・・・?」 そのまま、すり抜けて暖簾の外をキョロキョロと見回す。別段何も無いけれど・・・。 「原田さん、土方さんの許可を得ての外出ですか?」 「え?あ、も、勿論だぜ!」 「ふぅん・・・。」 どうも、この読みは違っていたようだ。 「何か、不審者でも居ました?」 「いや。」 これも、違うようだ。 「変なの。千鶴ちゃん、この変な人を屯所まで無事に送り届けてくれる?」 「変なのって!?」 「原田さんのこと。」 「そ、そりゃひでぇって、れいちゃん!」 「そうですか?そうでもないと思いますよ。原田さんが不審者みたい。」 「俺は気を使ってだなぁ・・・。」 「気を?何に?」 「いや、いい。何でもねぇ。千鶴ちゃん、帰るぞ。」 「あ、はい!」 千鶴ちゃんは、礼儀正しくお辞儀をすると原田さんの後を追って外へと移動していく。 二人を見送って、店内にポツリと佇む。 「いいな、屯所って、そんなに賑やかなんだ・・・。」 その中に斎藤さんが混じって談笑しているのを想像して・・・、談笑はしないか・・・と考えを改める。 談笑はしなくても、談笑している輪の中でひっそりと微笑んでいることだろう。 「いいなぁ・・・。」 もう一度呟くと、お客さんの引けた店内に座り込む。 斎藤さんは、気まぐれに顔を出す。 しかし、あまり屯所外を自由に出歩くことが出来ずに、それほど頻繁には来られない。 自分で自分を律している部分も多分にあるのだろう。 こちらは寂しさが募るだけだと言うのに、本人は至って真剣に、会うのを控えている様子だ。 「いいな・・・。」 斎藤さんと毎日顔を合わせられる千鶴ちゃんに、結局嫉妬する。
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