斎藤さんと別れて、れいは遊郭の一つに来て居た。
まだ営業時間ではなく、色気を醸し出した女達が気まぐれに寛いでいる中、一際美しい女が顔中を歪めて駄々をこねている。
「どうしたんですか、小雪太夫?」
れいは、部屋に入りながらそう尋ねる。
確かに、髪は多少乱れてはいるが、客が取れない程ではなく、禿でも直せる程度だ。
「何かあったんですか?」
「れい…。」
小雪太夫が振り向くと、後ろの男たちをギロリと睨みつけて、顎をしゃくって出て行く様に指示を出した。
男や、この遊郭のお母さんがそっと出て行く。
一人残されたれいが戸惑っていると、花魁がそっと口を開いた。
「れい、聞いてくれはる?」
「はい。私で良ければ。」
「うちの上客…他所の女に取られたって聞いたんやけど、それ、本当やろか?」
「上客が誰か分からないですが…。」
「…。二つ隣の遊郭の、天神如きに寝取られたなんて、太夫の名が泣いてまう…。なぁ、あんたはんにお願いが有るんや。」
れいは、ゴクリと唾を飲み込んだ。
何やら物凄く顔が怖い。美人なだけに、その顔の凄みは尋常ではない。
「二つ隣の遊郭にも出入してるやろ。潜入して、調べて貰えるやろか?」
「髪結いになら行けますが…。」
「髪結うてる時間には来ないやろ!あそこには話を通しておくし、天神が客とってるとこ、調べて来や!」
「そ、そんな覗きみたいな…。」
「あっこ紹介したんは、どなたはんやったやろか?」
「小雪太夫のお陰です。」
「ほな、やってくれはるな?」
「は…い。」
れいは項垂れた。
反対に、小雪太夫は笑顔満面になって、れいの手を握り締めると、耳元に顔を近づけて来た。
「大店の息子でな、葵屋の甚兵衛言うん。しっかり、調べてや。調べがつくまで、帰ってきたらあかんえ。」
無茶な注文をされて、れいは身を硬くした。
「そ、そんな…、長くなんて無理ですよ…。」
「心配おへん。七日に一度は顔を出した男や。もう顔出さなくなって22日やし、七日の間には決着着く思う。」
「七日も!?」
「その分、手当は弾むし。なんなら、れいも客とったらええし。誰が来たか分かれば、その間何してても良えよし。」
「いや、客はとらないですが…。」
「ほな、頼んだえ。したら、髪直しや。」
小雪太夫は嬉しそうに言うと、
れいに背中を向けて来た。
人に崇められているのが当然の立場の太夫は、頼みごとを断られるとは思っていないのだろう。そして、確かに今ここで機嫌を損ねる訳にもいかず、頷くしかないれいだった。
髪を結い終えて金子を受け取ると、れいは遊郭を後にした。
そして、とりあえず言われた大店葵屋の甚兵衛という人物を調べる事にした。
大店と言うからには有名なのだろう。道すがら人に尋ねると、すぐに場所を教えてもらえた。
そうしてそこに向かうと、呉服問屋らしく、大きな店で構えも立派な、大店の名に相応しい家が建っていた。
某然と見上げる。そして、隣と店に近寄り、中から出て来たお爺さんに話を聞いてみた。
「あ、あの、葵屋さんて、あそこですか?」
「はあ。そうどす。」
「甚兵衛さんて、息子さん?」
「そうどす。なんや、甚兵衛はんがどないしはった?」
「いえ…、知り合いが惚れているらしくて、どんな人なのか見てみようと思って…。」
苦しい言い訳にも関わらず、お爺さんが教えてくれる。
「甚兵衛はんは、不真面目で金ばかり使うような悪い息子や。葵屋はんも困ってる言うてはったわ。少し前は、なんや太夫が気に入った言うて金仰山つぎ込んではったなぁ。今は、どっかの天神に切り替えて、金が少しだけ楽になった言うてはったわ。ああ、あの男や。」
お爺さんが、葵屋から出て来た男を指差してくれる。
顔つきは精悍で、確かに男前と言えなくも無い。
けれど、あまり人が良さそうには見えない…。
「あんたはんの友達、あんな男やめえ。」
「そうですね、そう伝えます。有難うございます。」
お爺さんに頭を下げてお礼を言うと、れいは家に向かって歩き出した。
この事を報告すれば、小雪太夫が納得するだろうか、心配になりながらとぼとぼと帰る。






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