「深読みは、しない方が身のためだよ。もっとも・・・、僕に斬らせてくれるなら別だけどね・・・。」 れいは首筋にひたりと据えられた刃の冷たい感触に身体を凍らせる。 「総司!」 いつのまに来ていたのだろう、気づかなかった。 みんなの反応を目だけで伺うと、みんなは来ている事に気づいていたようだけれど、千鶴ちゃんはれいと同じように目を丸くして驚いている。 「左之さんだって、ギョッとしてたじゃない。」 面白そうに呟く声が上から届く。 「やめねぇか、総司。」 土方さんが、刃をそっと除けてくれる。 以前、自分から刃へと飛び込んだこともあったが、背筋の寒さが比べ物にならない。 沖田さんの行為が、本気なのか悪戯なのか、判別出来ない分たちが悪い・・・。 じっとりと濡れた手を握り締めて、沖田さんを振り仰いで睨みつける。 「女性に刃を向けるなんて、最低です。」 「へぇ、僕にそんな事を言う勇気があるなんてね。」 チキ・・・と音がして、刀が鞘に納まる。 「土方さんの教育の賜物なのでしょうね、女性に対する失礼な態度の数々!」 「さぁ、女性に対する態度を教わった覚えは無いけどね。」 れいは、原田さんから徳利を奪い取ると、そのまま口をつけてぐいぐい飲み干した。 「うわ、やるねぇ〜。」 沖田さんのからかう声が聞こえる。隣で原田さんが感嘆の声を漏らし、土方さんが顔中を歪めて嫌そうに見てくる。 最後の一滴まで飲み干して、口を乱暴に拭う。そんなに入っていなかったのが幸いだった。自分でも無謀だと分かっていたけれど、沖田さんの登場で喉がカラカラになってしまったのだから仕方ない。 「じゃぁ、話は聞いたので帰ります。」 立ち上がり、沖田さんを睨み上げると、横をすり抜ける。 と、腕を掴まれて頬に触れられる。 「顔、真っ赤だけど、大丈夫?」 楽しそうな意地悪な笑顔。絶対に心配をしていない顔だった。 「大丈夫です。これくらい、余裕です。」 「ふぅん・・・。」 頬を撫でる手を下へとゆっくりずらし、首筋を撫でながら肩に辿り着くと、グッと力強く掴まれる。 「な、何ですか!?」 「ちょっとねぇ。」 みんなが見ている中、急に沖田さんがれいの身体を前後に激しく揺らしだした。 「な、なななななな!!!?」 ガクガクと頭と身体が揺れて、目が回る。沖田さんの腕に縋り付いて、倒れないようにするのが精一杯で、良いように揺らされっぱなしだ。 「総司、その辺にしておけ。」 沖田さんを制止する声の中で、一番近くに聞こえた斎藤さんの声。 「はじめ君・・・。」 硬く閉じた目を開くと、斎藤さんが沖田さんの腕を強く掴んでいた。 沖田さんが興味を無くした様にパッと両手を離した。 れいは、しっかりと立っているつもりだったが、どうも天井が斜めに傾いでいく。 「れい!?」 斎藤さんが慌てて支えてくれる。 身を乗り出して助けようとしてくれている全員の中で、斎藤さんの動きが一番早かったらしいが、れいはなんだか嬉しくなってしまう。そんな自分が虚しくて悲しいけれど・・・。 「斎藤さん、すいません。」 斎藤さんの腕に抱きついて、身体を起こす。が、足がふらついてしっかりと立っていられないらしい。 「あれ・・・?」 こんなはずじゃなかったのに・・・。あれくらいで、歩けないほど酔うはずがない。 「目が回っちゃったのかな・・・。」 斎藤さんの胸の中に倒れこんで、そのまま膝を着きそうになる。 「総司!!」 斎藤さんがしっかりと抱きしめて支えてくれる。 土方さんが席に座ってのんびりと呑み始めている方へと怒鳴り声を投げる。 「そんなに強くなかったんだね〜。お銚子一本一気飲みするくらい酒豪なのかと思ったよ。」 お銚子を振りながら楽しそうに言う沖田さんの声が聞こえる。 「副長、別室で休ませてきます。」 「ああ、悪い。そうしてくれ。」 土方さんに許可を得て、斎藤さんがれいを軽く持ち上げた。 「斎藤さん、歩けます!大丈夫です〜!」 「いや、無理だ。」 斎藤さんの胸に顔をすっぽりと収めて、着物を握り締める。 斎藤さんの匂いだ・・・。 胸がギュッと締め付けられて、苦しくなる。 「ったく、あれで自分をしっかりしていると思っているんだからなぁ・・・。」 永倉さんの盛大なため息が聞こえてきて、その後は襖の閉まる音と、色々な部屋から聞こえてくる雑多な賑わいだけになった。 「斎藤さん〜?」 「なんだ?」 「ごめんなさい・・・、迷惑かけて・・・。」 「いや・・・・・・。」 「綱道さん探し、協力しますから、安心してください。」 「ああ。」 沈黙が今日は怖い。一つの部屋に通されて、降ろされるまで、色々と話しかけるのだが、斎藤さんはごく短い単語でしか応えてくれない。 もう少し、話してくれる人だったと思ったけれど・・・・・・。 床に降ろされると、斎藤さんがそのまま横に座り込む。 「斎藤さん?もう大丈夫です。戻ってください。」 「いや・・・・・・、お前の大丈夫は当てにならないから・・・。」 斎藤さんがやっと単語意外で応えてくれたのに・・・、なんだか複雑な気分になった。 「大丈夫は、大丈夫ですよ。」 「そうは見えない。」 「じゃ、どう見えるんですか?」 「顔が真っ赤になっている。目もぼんやりとしている。総司に頭を振られたから、酔いが回ったんだ。」 至って冷静に分析をされると、反論しづらい。 「酔いが回ったくらい、なんですか。」 ここに斎藤さんが居てくれることが嬉しい。 なんだか、酔っていると自覚すると、抑えが利かなくなる。 「ね、斎藤さん・・・。」 「ん?」 「千鶴ちゃんのこと、どう思っているの?」 「雪村か・・・?」 「そう。好きなんでしょう?」 「健気だ・・・とは思うが・・・。」 斎藤さんは、顔を少しだけ赤らめて答える。それにムッとする。 「なんで、赤くなるんです?好きなら好きって言えばいいのに!健気だ・・・だなんて!男らしくない!」 「いや、その・・・・・・、れい・・・。」 斎藤さんが、戸惑ったようにれいの肩に手を置く。 れいは斎藤さんの頬を染めて戸惑う顔を可愛い・・・と思う。 他の女を思って染める頬の赤さすら、愛しい・・・。 「れい・・・、近い・・・。」 「ちかい?」 「後・・・、脚・・・・・・。」 「あし〜?」 れいは、自分の足元を見る。斎藤さんに出来る限り近づくために、大きく開いたことで、着物の裾がはだけていた様で、膝の少し上までむき出しになっている。 「ふぅむ。脚ですが、なにか?」 ふふっと笑って、そのまま再び斎藤さんに抱きついて顔を見上げる。 「相当酔っているのか?」 「いえ、大丈夫ですよ。ちょっと、酔ってるだけです。」 「はぁ・・・。」 斎藤さんが、近くにある水を注いで渡してくれる。
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