島原の中、格の高そうな遊郭に連れて行かれる。 部屋に通されて、思わず中をきょろきょろと見渡してしまう。 「あ、あの・・・、本当に大丈夫ですか?」 「何が?」 「お、お金・・・。」 「大丈夫だって!いっぱい恩賞もらったから!!」 「でも・・・。」 物の価値は分からないけれど、置いてあるもの、飾ってあるもの、使っているもの、全てがきっと自分の収入の何年分もしそうだ。 そんな所に連れてこられて、全身が緊張で固まる。 「あの・・・、か、帰ります!」 入り口に引き返して襖を開けようと手を伸ばしたところで、袖を引かれる。 「だめだって!来たばかりだろ!」 「なんで駄目なの!帰るよ!」 袖を引いている手を解くと、一回叩いてから襖へと戻ろうとする。 が、その足に何かが引っ付いて、上半身だけが前のめりに倒れる。 「ぎゃーーー!!」 襖にぶつかって、もしぶち抜いたら・・・弁償できない!!! 恐怖に襲われて、あられもない声が漏れ出る。 「うわ!!」 「げっ・・・」 「あちゃー・・・。」 「やべっ」 「ぐはっ・・・!!?」 顔面に強い衝撃を受けるが、張りのある厚紙の感触ではなく、なんだか温かい・・・。 両手を大きく広げて、壁を探すが見当たらず、そのまま崩れ落ちそうになるのを、何かが抱きとめてくれる。 「??」 足元に絡み付いていた腕が離れて自由になる。ガクリと更に倒れそうになるのを、更に強く支えてもらう。 さすがに、誰かにぶつかったのだと理解して、足を動かして立ちやすくすると、ゆっくりと顔を上げた。 上げて・・・、後悔する。 「げっ、出た・・・。」 「支えてやったのに、げ、とは何だ、出た・・・とは何だ!?」 肩をギュッと掴まれて、高い位置から顔を近づけて凄まれる。 「う・・・、すいません・・・。アリガトウゴザイマス。」 お礼を言うと、やっと離してもらえる。 横に退けられて、そのままズカズカ大股で中に入り、いつの間にか隅まで逃げていた三人に近寄り、頭を一回ずつ叩く。 「一体何してたんだ!」 「だって、れいちゃんが帰るって言い出すから・・・。」 「俺らは止めようとしただけだって・・・。」 「止めようとして、何でああなるんだよ!?」 「だって、振り切って逃げようとするから・・・。」 四人のやり取りを呆然と見つめて、ハッとする。 今のうちに逃げれば良いのか! これは妙案! と、襖を振り返ると、そこには千鶴ちゃんと、その後ろに斎藤さんが居た。 「うわっ!ビックリした・・・。」 ビックリした。 この二人が同時に瞳に移りこむことにもビックリする。 れいの声に、土方さんがやっと振り返る。 「何してるんだ。入れ。」 「あ!はい!」 千鶴ちゃんが弾かれるように返事をすると、中に入ってくる。 その後ろを、斎藤さんが無言でついて歩く。 まるで、姫を守る忍者のようだ・・・と勝手に嫉妬する。 全員が入り込んで席を決めている隙に、逃げ出そうとこっそりと後ろに下がる。 「逃げ出すんじゃねぇぞ。」 こっちを向いていないのに、土方さんが声をかけてくる。 「あの、こっちにどうぞ。」 千鶴ちゃんが自分の隣を勧めてくれる。千鶴ちゃんは土方さんの隣に座り、その隣に斎藤さんが当然のように座っている。 「いやいや、れいちゃんはこっちな!」 「そうだよ。女が全員そっちだなんて、ずりぃよな!」 「ま、平助の隣は男だけだけどな。」 原田さんが、藤堂さんの頭に手を置いて撫で付ける。 「何でだよ!ずりぃよ!!」 藤堂さんが原田さんの手を避けながら怒鳴るが、今度は肘を置かれて頬杖をつかれてしまう。 「い、いえ・・・。私はここでいいです。」 しきりに首を振って固辞する。 「あ、そ、そうだ。厠へ・・・、厠へ行かなきゃ!」 引きつる笑いを堪えながら告げると、そそくさと部屋を後にする。 何故、こんな場所に呼ばれたのかが分からない。 当然のように一緒に居る千鶴ちゃんという存在の特別さも分からない。 こんな時は、逃げるに限る。 厠へ行くふりをして部屋から遠ざかると、サッと走り出す。 しかし、角を曲がろうとした所で腰を掬われる。 「ぉおわぁ!!?」 足が地に着かなくなり、バタバタと惨めに振り回す羽目になる。 「厠はそっちじゃないはずだが?」 「土方さん!?」 振り仰いで見ると、眉間を皺だらけにした土方さんが自分を持ち上げている。 「厠はこっちじゃないですか、そうですか。じゃ、どこ・・・でしょう??」 「話が終わったら、いくらでも行かせてやるから、それまでは大人しくしてろ。」 相変わらず、持ち上げられたまま話される。 「じゃ、ここでお願いします。」 「せっかくこんな所に来たんだ。堪能して行け。」 「いえ、もう十分です。自分には敷居が高すぎます。」 降ろしてもらおうと、必死に自分を持ち上げている腕を解こうとするのだが、ビクともしない。 そのまま、部屋のほうへ戻られてしまう。 「離して!せめて降ろして!」 「駄目だ。お前は逃げるから。」 「に・・・逃げないから!」 「その間が信用できない。」 「信用しなくってもいいから、降ろして!」 「信用できなかったら、降ろせるわけがないだろう。」 「荷物じゃないんだから、せめて違う抱き方とかあるでしょう!?」 「お前なんか、これで十分だろう。」 「十分って・・・!!?失礼!失礼だ!相変わらず土方さんは私に対して失礼だ!!」 ぶら下げられながら部屋に戻される。そして、土方さんの隣に降ろされる。 反対隣には千鶴ちゃんが居て、驚いたような顔をしてこちらを見ている。 当然の驚きだろう。 が、斎藤さんが無表情を歪めて、目を見開いている。 その顔をまともに見られなくて、思わず目をそらしてしまう。 れいは顔中を膨らませて、土方さんから顔を背けて座る。 土方さんは気にした風でもなく、既に配られている膳の上にあるお猪口を持ち上げた。 「じゃ、とりあえず。」 それだけを言うと、一気に煽った。 みんなもそれに習ってお酒を飲みだす。 「土方さん!?飲めないんじゃなかったんですか?」 思わず聞いてしまって、不機嫌満面な笑みで睨まれる。 「飲めないんじゃねぇ。飲まねぇんだよ!」 「あぁ、そうでしたか。そりゃ、勘違い失礼しました!」 れいも、目の前に用意されているお猪口のお酒を一気に煽る。 唇に残った一滴を舌で舐めて、思わず眉を寄せる。 「んまい!」 それを見て、土方さんが嫌そうな顔をするのを横目で見て、再び顔を背ける。 「おー!なんだ、れいちゃんいける口じゃん!?」 「それならそうと言ってくれれば、もっと誘ったのによぉ。」 永倉さんと斎藤さんが、嬉しそうに徳利を持って近寄ってくる。 「普段は、お酒なんて高級品、嗜めませんからね。」 お猪口を持ち上げてお酒を受け取ると、少しだけ口をつけて膳に戻す。 「で、土方さん。お話とは?」 顔を背けながら聞くと、頭に大きな手が乗せられて、無理やり向きを変えられる。 首の力で全力で阻止するが、無理だった。 「首がつる!痛い!頭痛い!暴力反対!」 「お前は!話を聞く態度がまったくなっていない!一から教えてやろうか!?」 「結構です!土方さんに教わるくらいなら、恥をかいて一生を過ごしたほうがましです!女を投げ飛ばして、荷物みたいに持ち運びするような人が教えてくれることなんて、碌なことじゃないですからね!!」 顎を掴まれて、思い切り握りつぶされる。 「いだだだだだだ!!暴力反対!」 「お前はぁ〜〜〜!!」 「気安く触らないで〜!」
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