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家側の扉が開く音がする。 千鶴ちゃんがスッと立って様子を見に行く。 「斎藤さん!?」 「れいは!?」 「先ほど気づかれました。」 「そうか・・・・・・。」 二人のやり取りが聞こえる。 そして、少しガタガタと音がして、斎藤さんが顔を現す。 その額には大粒の汗が浮かんでいて、肩で息をしている。 いつも冷静な斎藤さんという印象が崩れて、思わず目を見開いて見つめてしまう。 「斎藤さん・・・?」 山崎さんが横にずれて、斎藤さんに席を譲ると、斎藤さんはそこに座り込んでれいの頬に手を当てた。 「良かった・・・、暖かくなっている。」 体温を確かめてくれたらしい。 しかし、その手はなかなか離れない。 走ってきたのか、斎藤さんの手はとても暖かくて、多分自分よりも格段に温度が高い。 その暖かさが今は心地が良い。 「斎藤さんの手の方が、暖かいですよ。」 思わず笑って言うと、グッと顔を近づけて真剣に見つめてきた。 「みんな、心配したんだ。」 みんな・・・と言う所に、斎藤さんらしさがある気がした。 こうやって、器用に女が喜ぶ言葉を選ぶことが出来ない人・・・。 「大丈夫です。夜半には山崎さんが戻ってくるって言ってくれたし。安心して帰ってください。」 斎藤さんの手を頬から離して、三人を見渡す。 久しぶりに斎藤さんの顔を近くで見れただけで、元気になれた気がした。 期待をしないと決めていたんだ。自分に走った衝撃には自分でも驚いた。けれど、満足だと、言い聞かせる。 「みんなにも、本当にご心配をおかけしましたとお伝えください。」 お辞儀をして、最後に千鶴ちゃんを見る。 「お粥、有難う。後で食べるね。」 「あ、はい。」 「じゃ、俺は行く。」 山崎さんが先に立ち上がると、斎藤さんも立ち上がる。 千鶴ちゃんが後を追うようにして部屋を出て行く。 見送りたいけれども、その勇気が無い。 足に力が入らない。 千鶴ちゃんは、きっと斎藤さんと一緒に仲良く帰っていくのだろう。二人の間に流れる空気に、入り込むことなど出来ない。 期待はしてはいけない・・・。 それなのに・・・・・・。 一人、部屋へ引き返してきた斎藤さんを見て、涙腺が一気に緩んでしまう。 「な、なんで帰らなかったの?」 「俺は、副長に許可を貰ってきたから。」 「何の許可・・・。」 「お前の看病をする許可を。」 「だから、もう看病の心配は無いってば。」 そばに座る斎藤さんの膝を軽く叩いて、そっと押し出す。 「千鶴ちゃんと一緒に帰らないと・・・でしょう?」 「雪村は、山崎に頼んできたから大丈夫だ。副長命令でもある。」 土方さんが命令するくらい・・・、重要な子なのだろうか・・・。 「斎藤さんは、それでいいの?山崎さんに託しちゃって、後悔しないの?」 「後悔?何故だ。山崎なら問題ない。」 真剣に、分かっていない・・・と顔が示している。 あんなに慈しんだ表情で見つめながら、この人は自分の気持ちに気づいていないのだろうか・・・・・・。 ふいに、斎藤さんの手が、顔にかかるれいの髪に触れた。 「髪・・・、短くなっていて、最初は分からなかった。」 「切ってから、二ヶ月以上たつの。最初より伸びちゃった。」 髪に触れながら、そのまま頬に再び触れられる。 「何故、泣きそうな顔をしている?」 「何で・・・でしょうね。」 嬉しいけれど、悲しい・・・、この後に叩きつけられる絶望が怖い・・・。 「斎藤さん・・・・・・。」 「ん?」 そっと、髪の毛に手を伸ばすと、斎藤さんは心得ているように、頷いた。 ふわっとする感触が手に触れる。 頬に触れてくれる手に、自分の手を重ねて体温を感じる。 「もっと酷いことしちゃうよって、言ったのに・・・。」 ポツリ・・・と呟く。 聞こえていなかったようで、斎藤さんは静かにそこに座っている。 「斎藤さん・・・。」 斎藤さんの膝に手を置いて、体重をかけて体を近寄せる。 間近で顔を覗き込むと、斎藤さんの顔が静かに微笑んでいるのに気づく。 その微笑を無残にも散らす自分を思い描いて・・・・・・、ますます堕ちていく・・・。 「どうした?」 抱きしめて欲しい、口付けて欲しい、そんなことを言ったら、あなたはきっとここから立ち去るのでしょう・・・。 だから、私は言わないであなたから奪います・・・。 髪の毛を結う紐を解いて、背中に流す。そして、それを斎藤さんを抱きしめるように腕を回して、背中でゆっくりと、頭から毛先までを指で梳く。 斎藤さんの耳元に唇を寄せて、そっと囁く。 「斎藤さんの髪の毛、好き・・・。」 斎藤さんが・・・好き・・・。 言えない思いを、誤魔化しの言葉に乗せて紡ぎだす。 斎藤さんが、硬直しながらも体を支えるようにして腰を掴んでくれる。 この温もりが無くなった後、どうやって過ごせばいいかな・・・。 そんなことを考える。 得ている間に、失うときの事を考える・・・。 なんて、虚しい・・・・・・。 「れい?」 我慢をしていた涙が、溢れてくる。温もりを感じて、近くに感じてしまったことで、諦めなければ・・・と思う心と、それでも奪ってしまいたいと思う心がせめぎ合い、どうしても零れ落ちる。 「どうした、何で泣いている?」 「何でもない・・・。」 「何でもないわけないだろう・・・。」 あなたが誰を好きでも、あなたを好きでいていいですか・・・? そんなこと、聞けるわけが無い。 あなたが誰かを好きだったとしても、私を好きになってください・・・。 もっと言える訳が無い。 「何でもないから・・・。」 首筋から顔を上げて、斎藤さんの顔を見つめる。髪を梳いている手を斎藤さんの頬へと当て、ぐい・・・と自分の顔を近寄せて唇に吸い付く。 二度目の奪うような口付けは、斎藤さんに止められたりはしなかった。 斎藤さんは、腰を支えてくれている腕を背中へと回し、ぎゅっと強く抱き寄せてくれた。 何度か角度を変えて口づけると、それに応えるように、ぎこちなく啄ばんでくる。 しばらくの間そうしていて、どちらからとも無く顔を離す。 斎藤さんの赤くなった頬と潤んだような瞳に魅入られながら、その胸に額を当てる。 「千鶴ちゃんがお粥を作ってくれたの。一緒にたべましょう。」 こんな行為の後に、あなたが自覚せずに好いている女の子の名前を出すなんて・・・、私は最低ですね・・・。 人を傷つけるのが上手な女は、きっとあなたとはつり合わない。 それなのに・・・、こうして触れて、奪って、ごめんなさい・・・。 斎藤さんの服を掴む指が白くなる。 斎藤さんが背中に回した腕を更に強く、ギュッと抱きしめてくれた。
その翌月、近藤さんが江戸へ隊士募集のために出立する。 そこで勧誘してきた伊東さんがきっかけで、山南さんが羅刹と化す。 嵐の前の静けさを、ただ味わっているだけだとは、まだ誰も知らない・・・。
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