れいは、斎藤さんの首に回した腕を解くと、顔を見上げた。
斎藤さんは、顔を赤くして固まっている。
「斎藤さんは、女慣れしていないね。」
斎藤さんの胸に、提灯を持っていない方の手を当てて背伸びをして、顔を覗き込む。
「あまり、男に近づき過ぎない方が良い。」
そう言う斎藤さんは、れいをどう扱ったらいいのか困っているようだ。
困らせてるとは思うけれど…困らせついでに、またまた困らせてしまえ!と、覗き込んだ顔を更に近づけて、唇を斎藤さんの唇に押し当てる。
数秒そのままで居ると、強い力で肩を掴まれて引き離される。
「れい!?」
斎藤さんは唇を手で覆いながら、目を大きく見開いている。
ゆっくりと、後悔が全身に広がって行く。
ギューっとする感じが止まらない…。
「ついてきたら、もっと酷い事するから。」
俯いて、上目遣いで見上げて宣言をすると、れいは踵を返して走り出した。
後ろから足音は追ってこないようで、良かったと思う反面、死にたいくらいに悲しくなった。
こんな馬鹿なことしか出来ない女、斎藤さんが大事にしてくれるわけが無い・・・。
斎藤さんには、もっと細かいことに気がつくような女が似合っている。
それは、自分ではない。
欲しがってばかりいて、自分からは何も与えようとしない自分では無理だ。
斎藤さんの優しさを勘違いして、期待している、そんな自分が嫌いだ・・・。
きっと、与えてくれそうな人なら誰でもいいのかもしれない・・・。
誰でも良くないと思っていたけれど、本当は誰でも良かったのかもしれない・・・・・・。
誰かの特別になんてなれない自分が、凄く惨めで悲しい。
息が切れて苦しくなって、やっと足を止めた。
足は遅いけれど、持久力があるのが唯一の利点だ。
屯所からはかなり離れることが出来た。
家まで、あと同じくらい走れば着くだろうか・・・。
「もう、期待なんてしないって・・・、誓ったはずなのに・・・。」
梅と共に散っていった面影が思い出される。
胸に、息切れとは違う、じくじくとした痛みが走る。
変装して、若い格好して、浮かれていたのは自分だけ。
そんなことをしたって、みんなにはすぐに自分だって分かってしまったし、土方さんには若作りをして恥ずかしいとまで言われた。
呼吸が落ち着いてくると、またギューっとなる感覚が襲ってくる。
止まらない・・・、苦しい・・・・・・。
胸を押さえて俯いていると、視界に女性の足が入ってきた。
「どうしたの?具合でも悪いの?」
可愛らしい声が降ってきて、のろのろと顔を上げると、そこには目の大きな可愛い少女が立っていた。
少し後ろに、長身の妖艶な美女が佇んでいる。
「あ、いえ、大丈夫・・・です・・・。少し長く走って、息が切れてしまっただけですから。」
小さく首を振りながら答えると、少女が愛らしい笑顔を向けてくる。
「そう、良かった。こんな時間に一人歩きなんて物騒よ。良かったら、家まで送りましょうか?」
「姫様!?」
少女の提案に、美女が小さく嗜める声が聞こえた。
「いいえ、大丈夫です。すぐそこですから。」
笑顔で答えると、少女が首を傾げる。
その姿がいちいち愛らしい。
「そう?じゃぁ、気をつけて帰ってね。」
「はい、ありがとうございます。」
自分も笑顔で答えて、二人の姿を見送る。
そして、二人とは反対にとぼとぼと歩き出す。
少女の髪型が気になった。表面は短く、中を長くして両側と後ろで結っている。
あまり見られない髪形だけれど、あの子には似合っていた。
こんな時にまで髪型を見てしまう自分に気づいて、苦笑する。
「職業病だ。」
自分の頭にてを当てる。
若い子用の髪型は、自分には恥ずかしいものであって、似合ってなど居ないらしい。
一つ一つ簪と止め紐を解いていく。
歩きながら、解いて、解して・・・。
結っていた跡がついて、くねくねと癖になってうねっている。
それを手で梳いて解して、耳の横で一まとめにして縛る。
斎藤さんと同じだ・・・。
この期に及んで、そんなことを思ってしまう自分に少し呆れて、少しだけ顔に髪の毛を当ててみる。
この感触とは違う。
あのふわふわした猫っ毛が好きだった。自分の髪の毛とは全然違う。
三月ほど前、助けてもらったからって、少しだけいい気になっていた自分に、罰が下ったのだ。
それだけだ。
本当は、最初から何も進展していなくて、進展なんかするはずも無くて、最初から自分は蚊帳の外だっただけだ。
何も変わっていない。
変わったのは、自分の勘違いだけ。
だから、最初に戻ればいい・・・。
一人で京に来て、一人でやっていくと誓った、そこに戻るだけだ。
一人で舞いあがって、馬鹿みたいに滑稽だったに違いない。
恥ずかしい。
土方さんの言うとおり、確かに自分は恥ずかしい存在だった。
そんな恥ずかしい存在は、消えてなくなりましょう。
れいは、やっとのことで家に帰り着くと、そのままお店側に入った。
手入れをして、置いてある剃刀を手にして、そっと首元に持っていく。
ざり・・・と音がして、床に舞う黒髪。
何度も何度も繰り返して、すべての髪を切り落とす。
肩につくかつかないか位の長さに揃えて、子供っぽくならないように後ろに少しだけ段をつける。
先ほど会った少女ほど似合うとは思えなかったけれど・・・・・・。
髪結い処の女将なら、奇抜な頭をしていても許されるだろう。
寂しさと、苦しさと、孤独感を、髪の毛と共に断ちたかった・・・。
そして、一人で居ることの覚悟を改めてする勇気を手に入れたかった・・・・・・。




新選組の名を世に知らしめた池田屋事件は、この数日後に起こる。
れいが伝えた情報が役に立ったかどうかは、伝えられていない。






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